我が家の流行語大賞2024
そのとき、私は声を張って世間に物申していた。
「あー! もう! 何もかも高くて困っちゃうよ! こんなに高くなったら一体何食べたらいいのさ!」
昨今の物価高を嘆いていると、夫が口を挟んできた。
「本当に、今の世の中、ふてほどだよね!」
「ん?」
《本当に》と《今の世の中》と《だよね》の意味はわかる。だがその間にいる言葉の意味がわからない。
「えっ? 何? 筆? 筆がなんだっつーの?」
差し迫ってきているが、かろうじてまだ師走。書き初めにはまだ早い。
「ええ? 知らないの? ふてほどだよ」
「ふて?」
《筆》じゃなくて、《ふて》らしい。
だが、そう言われたところで、まったくピンとこない。
「ふてほど?」
「そう! ふ・て・ほ・ど!」
そんな、クリステルっぽく言わないでほしい。
「何かの略語?」
「そうだよ。当ててごらん」
「ふてぶてしい保土ケ谷区?」
「違うよ。保土ヶ谷民に謝りなさい」
神奈川県横浜市保土ヶ谷区の皆さん、ごめんなさい。
「じゃあ、一体、ふてほどって、なんなのさ!」
うっかり口をついた言葉のせいで、頭の中に「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」が流れ始めてしまった。お約束のように、ひとふし歌う。こちとら夫婦揃って昭和生まれである。
暮らしているのは埼玉なのに、どうも横浜めいてきた。
夫は、やれやれ、といった様子で種明かしをする。
《ふてほど》とは、今年話題になったTBSドラマ「不適切にもほどがある」の略らしい。
ガッキーこと新垣結衣と星野源を結婚に導いた、あの「逃げるは恥だが役に立つ」の《逃げ恥》みたいなものだろうか……と、勝手に解釈する。
私はドラマを視聴しておらず、正直、そこまで話題になっていたのも知らないという、かなり世間知らずな人間だ。
だか、同じ屋根の下に暮らす夫も、《ふてほど》なるドラマを観ていない。知っていたとしたら、どこで観てきたんだ? という話になる。それこそ、まさに《ふてほど》ではないか。
「あなた、そのドラマのこと知ってたの?」
と改めて訊ねると、
「しらにゃい」
夫は猫まがいの返事をした。
どこで知ったのかを問い詰めると、今年の流行語大賞の発表で知ったのだという。
このことで、我が家では、まったく流行していなかったことが明らかになった《ふてほど》という言葉。これまで知らなかった《ふてほど》を、無理やり日常会話に潜ませるのが、夫の今現在のちょっとしたブームになっている。
流行語大賞によって、我が家に流行語が生まれるという、逆輸入現象が起こってしまった。
毎年、年末になるとニュースを賑わす流行語大賞だが、
そんなの流行したっけ?
と、物言いがつくことでお馴染みの催しでもある。だが、なんだかんだ文句を言っても、いざ、やめられたら、さみしい恒例行事のひとつかもしれない。
今年、我が家を席巻した流行語がある。
それは、note創作大賞2023において新潮文庫nex賞を受賞した霜月透子さんのデビュー作、「祈願成就」の帯に書かれていた、この一言だ。
このフォント。
この字の揺れ加減。
文字だけで発声を表現することが可能であると知らしめた「あそぼうよぉ」の文字。
これに夫が食いついた。
あそぼうよぉ。
は、実に汎用性が高い。「うよぉ」が語尾につけば、大体、祈願成就っぽくなるのだ。
「お腹すいたよぉ」
「ご飯食べようよぉ」
「買い物行こうよぉ」
「お茶飲もうよぉ」
「お尻におできできたよぉ」
もうなんでも来いである。
鈴木光司原作「リング」の貞子は、はじめの頃は随分と恐ろしいキャラクターであったが、時を経て、人々の口に上る身近なキャラクターになった。
公式の角川さんがこんな動画まで作っている。なんと貞子が里帰りして地元の方と触れ合っていた。シュールな映像だが、これで彼女も成仏できたのではないかと安心する。
ホラーの怖さが、日常のおかしみに繋がるのは不思議な気がするが、人の手に及ばない恐ろしい存在だからこそ、面白さや楽しさで怖さをくるんでしまうのかもしれない。
なんだか作品からどんどん乖離していく楽しみ方をしているようで、「祈願成就」の作者である、霜月透子さんには大変申し訳ない気もしている。
……本当にすみません。
だが、夫婦で同じ作品を読み、流行語にして楽しめたのは、とても良い経験だった。本はこういう楽しみ方もできるのだ。
発表された流行語大賞で今年を振り返るのも悪くないが、今年一年の出来事を思い浮かべながら、自分なりの流行語を考えてみるのも、また楽しいかもしれない。
皆さんの今年の流行語はなんでしたか?
年末年始の読書にホラーをどうぞ。
本の中から「あそぼうよぉ」と、何かが呼んでますよ。