チャンスをたくさん抱え込むのが幸せなの?
わたしは、とにかくチャンスを求めていた。
何者かになりたかった。
かっこいい人になりたかった。
芯のある人になりたかった。
チャンスをつかんだ後は
大学生。
1年生の頃はコロナで自宅でオンライン授業。
周りのこともあまりよくわからないまま、レポートに追われる毎日だった。
そして、2年生になり、たくさんの人と対面で出会う。
沖縄から上京してきて夢を追いかけている人、プログラミングコンテストに出ている人、ファッションブランドを立ち上げている人、飲み会で盛り上げるのがものすごく上手で愛される人、計画を立てて効率よく進める人、ミュージシャンになるために毎日バンド練習している人。
人のキラキラしているところにばかり目がいく。
それも、自分にはできないようなことをやってのける人にばかり。
なんだか自由でいいなぁ。
何かわたしもできないだろうかとモヤモヤしていると
ある授業で「研究協力してください」と呼びかけに来ていた先輩に協力する代わりにわたしの悩みを聞いていただくことになった。
「今日はありがとうね、何か聞きたいこととかある?」
「こちらこそこのような時間をいただき、ありがとうございます。実は、サークルに悩んでいて。」
「そっかー、コロナ禍だもんね」
コロナの影響でサークルの新歓はなかった。
だから自分で情報を探すしかないのだが、わたしはTwitterもやっておらず、知らない人たちのところに行くのはちょっと怖くて、行動することができなかった。
「飲みサーには入りたくなくて。お酒飲めないので。」
「そうだよね、こわいよね笑 よかったら、文化祭実行委員会とかどう?」
「え!!」
「私、もともと文実の委員長やってたからさ。紹介しよっか?」
「はい!!是非よろしくお願いします!」
憧れの文化祭実行委員会。
高校のときも委員になろうかな、立候補しようかなと思ったが、すでに立候補者が最強キラキラグループすぎて諦めていた。
だからこそこのチャンスは逃せないと思った。
文化祭実行委員会に入るための面接は1日過ぎていたが、先輩の口利きでOKにしてもらった。(ありがとうございます…!)
イラレを使わせてもらえるという魅力に惹かれ、
パンフレット制作をするパンフレット班を希望し、無事所属することになった。
デザインができる人に昔から憧れがあった私は、イラレを使いこなすためにいろんな本や動画を見て勉強した。
大学3年生にはパンフレット班長になり、表紙を任せていただくまでにもなった。一部の1年生がモチベーションが下がって委員会に来なくなってしまう問題が発生して大変だったが、気持ちもわかるなと思った。
企画局や総務局からの細かい要望、曖昧な要望、印刷会社とのやりとり、締切…。思った以上に地味でハードな仕事ばかりだった。でも、デザインするのって楽しいんだよと伝えたくて、イラレ講習会を主催した。
イラレ講習会では、まずは、みんなでそれぞれの好きなデザインを見つけることからはじめた。
最初の私のように。
わたしは、人を巻き込んで、チームのモチベーションを高めたり、みんなで楽しく、仲良く、が好きなのだと思う。
結構頑張った。
チャンスをものにしたはず。
だけれど、わたしにとって最後の文化祭を終えてから、不安な気持ちでいっぱいだった。
ちょうど就活も始まり、自分のアイデンティティについて考えることが増えたからかもしれない。
変身願望
わたしには変身願望のクセがある。
場所が変わったら、誰かに出会ったら、何かの講座を受けたら…。
自分のどこかを伸ばす、というよりも、
丸ごと取り替えたくなる感じになる。
昔からそうで、
中学校の頃は学級委員や生徒会、テニス部のキャプテン。
高校はチアダンスチームに唯一の初心者で入部、文化祭のチーフ。
大学はあえて遠くのキャンパスで、数学が苦手なのに数学のゼミに移ったり。
学校システム(=努力すれば認められる世界)の中で生きてきたわたしにとって、いろんなチャンスをもらって挑戦することが良いものとされてきた。
自分がやりたいこともわかっていないのに、手当たり次第で、
「やってみます!」「やらせてください!」
と手を挙げる。
挑戦して、頑張るんだけれど、ちょっと努力して上手くいかないとこれは違うかと諦める。
そんな中途半端なところがある。
自分のことをまずは知る必要があるのに、
自分の嫌な面を避け、変身するチャンスばかり探していた。
不安はいつまで経ってもなくならない。
やることはたくさん増えて、手一杯。
就活では、人事の人たちのキラキラした言葉に惑わされて、
就活エージェントに心酔していた。
自分のことが自分でわからなくなっていた。
そんなことにも気づきたくなかったのだと思う。
チャンスをたくさん抱え込むのが幸せなの?
そんな中で恩師と出会い、頑なだったわたしを壊してくれた。
「チャンスをたくさん抱え込むのが幸せなの?」
頼みやすいから頼まれているだけで、才能があるから頼まれているわけではないのだと現実を突きつけられた。
「この部分ならできます、このポジションで頑張ります、でいいじゃん」
いつも他人に期待される役割を優先していた自分に、自己の内面と向き合う大切さをちょっと厳しめの言葉で教えてくれた。
完璧にできなければ、認められないのだと思い込んでいたわたしにとっては最初は受け入れがたかった。
そもそも、自分だからできることなんて思い当たらなかったからだ。
どうすればいいの?
自分を説明するために何ができるか。
今、何を選択するのがいいのか。
ひたすら悩み、文字に書き起こした。
ある授業で好きな四字熟語を発表する機会があり、
私は「取捨選択」にした。
「らしくない」「全力投球の方が似合う」といろんな人から言われたけれど、もう気にしない。
このまま就職して、自分のことがよくわからないまま仕事をするのは嫌だ。
大学2年生のときに出会ってから「ワークショップ」にずっと夢中な理由を知りたい。ワークショップを実践する経験を積みたい。ワークショップのコミュニケーション教育としての可能性をもっと学びたい。
経験を増やして、自分の言葉を増やしたい。
そして、院に進むことが決まる。
今のわたし
変身願望。
どうもこのクセはまだ抜けきっていない。
好奇心と成長意欲の表れ、といえばちょっとは聞こえがいいかな。
このクセに助けられることもある。
今こうしてnoteに自分のことを書いているのは、変身願望の現れかもしれない。
「越境(=異なる価値観に触れて、自分を揺さぶり、自分の当たり前を見つめ直すこと)」と「納得する自分になる」が人生のテーマになったのも。
自分と向き合ってみると、見えてきた、私の言葉たちだ。
振り返ってみると、わたしは「越境」することで成長と喜びを感じていた。パンフレット制作、授業、本、ワークショップなどで学んだことを自分の言葉に概念化していくと、納得できる自分に一歩ずつ近づいていると感じる瞬間が増えてきた。
急に何者かになろうなんてしなくていいのだと気づけた。
「なんでもやります!」「チャンスください!」のような変身願望全開のチャネルしか持っていないことが危険なのだと思う。
わたしのやりたいことはこれだ、そう思ったときにだけ全開にすればいい。
「越境」と「納得する自分になる」を芯にしていけばいい。
そのためにわたしはnoteを始めたのだ。
「自己理解」というテーマに焦点を当てて、わたしだからこそ書ける文章を、これからも続けていきたい。
私の好きや得意なこと、そしてやりたいことを見つけるプロセスを共有し、同じような悩みを持つ人たちにヒントや気づきを提供できればと思っている。
自分の言葉を大切に、そしてそれを少しずつ積み重ねて、もっと納得できる自分になっていきたい。
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