
啓蟄|小さな芽生えの音に気づく
大地の奥底で、しんと閉ざされた冬の眠りがほどけてゆく。きょう5日は啓蟄(けいちつ)。虫たちが目覚める頃とされるが、北海道では、実際の春の訪れはまだ遠くにかすんでいる。
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それでも、日当たりのいい斜面から雪が波打つように消えはじめ、フクジュソウの鮮やかな黄が、ともされるように咲く。耳をそば立てると、枯れ葉をくぐる、かさこそとした物音が聞こえてきそう。きっと、恥ずかしそうに地上へ出てくる芽生えの音に違いない。
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一本の枯れ木を見上げてみる。「枯」という字は、乾いて堅い状態を表す。決して死を意味しない。枝先に目を凝らせば、たくさんの冬芽がしがみつくように連なっている。"枯"は次なる"生"を育み、つつましくその時を待つ。
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空は、ぼんやりと白い。空気中に立ちのぼる細かなちりが、光を散らすためという。気の抜けたような空模様と、ふわりと温もりを運んでくる日の光が混ざり合うと、この時季特有のやわらかな表情を作り出す。
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丸みを帯びた光をいち早く受け止めるのは、やはり植物たち。日差しを味方にほほ笑んでいるかのよう。「ほほ笑み」という言葉には「つぼみが開く」という意味がある。地面の小さなほほえみに気づいたとき、こちらのほほも自然とゆるむ。
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土も呼応する。雪解けの水を吸収し、芳ばしい匂いをあたりに広げていく。雪が残った白い世界はじわじわと範囲を縮められ、枯と生のせめぎ合いが見えないところで続いている。
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芽生えが始まるこの時期、それぞれが光を求めてあがき、手に入れていく。その姿に目を向けていると、自分も一歩、踏み出してみようという気持ちが湧いてくる。
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啓蟄とは、静かな目覚めと再生の物語。枯れているようで満ち満ちている北の大地。その奥底から湧き上がる予感を胸いっぱいに吸い込んで、芽生えのように小さくとも、内なる確かな変化を見つめていきたい。
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