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江戸時代の『南画』と『写生画』の二大潮流から続く……今週からのトーハク展示品がゴイス〜です

先週までの『安土〜江戸時代の書画』の展示ラインナップが気になって気になって仕方なかったので、土曜日に最後の見納めとばかりに見に行って、それでも疑問が解消されなかったので、日曜日には調べまくっていました。

何が気になったかと言えば、その展示ラインナップです。なぜ大別すると「狩野家」「南画」「琳派系」なのかなという点です……どうしてこの3カテゴリーにしたのかなと……。まずはじめに狩野探幽などの狩野家の3人の作品が展示され……中でも探幽の写生帖が良かったのですが、その次に来ていたのが池大雅などの「南画」の数点でした。そして本阿弥光甫などの琳派っぽいのがあっての、クライマックスが渡辺始興です。

このラインナップと並びを見て、展示テーマを「狩野家から琳派が形成されるまでの、江戸時代の美術史の流れ」なんだろうなと思い込んでいました。しかもキーワードは「写生」だとも思いました。だって狩野探幽の秋の草花の写生帖がありましたし、最後の渡辺始興さんは、「写生が素晴らしい」的な絶賛をうけていた人だとわかったからです。

それでも、この流れの中に「南画」が組み込まれているのが解せませんでした。「南画」と「写生」って、どんな関係があるんだろう? と。これが「南画」ではなく(写生を重視した)「南蘋派(なんぴんは)」であれば、すぅ〜っと頭に入ったんですけどね。それで、「南画 写生」で何度もGoogle検索しましたが、「南画」が「写生」を重視したという話があまり出てこないんです。

でも、山形県の酒田市にある本間美術館で、2024年10月29日まで開催されていた『南画と写生画』という企画展のホームページを先ほど読んで、なんとなくトーハクの展示内容を理解したつもりになっています。↓ もう叶いませんが、本間美術館のホームページを読んでから、トーハクの先週までの展示を見たかったなぁ……。

すべてをコピペすると怒られるので、概要を書くと、「江戸時代の特に中期は実証主義精神が時代思潮となった」としています。実証主義と書かれると難しいし身構えてしまいますが、「実証」とは「見たまま感じたまま」ということと、わたしは意訳しています。そして本間美術館では、「江戸時代中期以降に画壇の二大潮流となった」のが「『南画』と『写生画』」であり、今回の企画展ではそれらを取り上げるよ(取り上げたよ)……としています。

その「見たまま」とか「感じたまま」のうちで、「見たまま」というのが「写生」であり……先週の展示で言えば狩野探幽さんの《草花写生図巻》であり、狩野家の常信、探信さんと長谷川雪旦さんなどの狩野家系……いわゆる「狩野派」の御用絵師の人たちの作品です。

そして本間美術館のホームページには記されていませんが、一見すると実際には見たことのない中国風の世界を描いているような、水墨画からの流れで進化した「南画(南宋画)」は、人の内面(精神)……「感じたまま」を忠実に描写している写実性の高い書画……こちらも実証主義に基づいていると……どうやら美術界では捉えられています。こちらの内面重視の……つまり何でもありの……写実性を追求したのが、先週までのトーハク展示でいえば、池大雅さんほか2名の「南画」系の作品だった……

……と、本間美術館ではなく、今のわたしは解釈しています。

一方の本間美術館の解説は、次のように続きます。

中国の文人に魅せられ南宗画様式に種々の流派を取り入れ、日本独自に発展した[南画]と、円山応挙が日本絵画に中国と西洋の写生技法を融合させた[写生画]の数々を展示いたします。

先に記したとおり、トーハクの先週までの展示は「狩野探幽ほかの御用絵師系」の人たちから「池大雅などの南画」の作品へと続き、さらに俵屋宗達、本阿弥光甫、尾形乾山、そして渡辺始興などの琳派へとリレーされていました。

まぁ「池大雅などの南画」については、担当者に聞いてみたいですけどね……「写生画と南画の二大潮流が今回のテーマだったのか?」と。可能性としては、本当は沈南蘋(しんなんぴん)……「南蘋(なんぴん)派」からの影響を強く受けた人たちの作品を展示したかったけれど、うまくセレクトできなかった……という可能性もあります。

それは置いといて……とりあえず、その南画から琳派へ展示は展開されるのですが……、そこでわたしが注目したのは先日のnoteでも記したとおり「尾形乾山→渡辺始興」の流れでした。

尾形乾山は、琳派=光琳派の祖と仰がれる尾形光琳の弟で、兄の光琳との合作もありますが、基本は絵画ではなく陶芸の人でした。その尾形乾山の作った器に、若かりし頃の渡辺始興を大抜擢して描かせていたんですね。それを契機に、おそらく渡辺始興は画壇の頂点の方へのぼっていった……。

先週までの展示では、尾形乾山の作品(右)の隣に、渡辺始興の作品(左)が展示されていました

その渡辺始興は、10代の頃までは狩野派……中でも江戸の狩野派の元で学んでいただろうと推測されています(出身は関西・京都の方なのにです)。それから、どこをどうつたっていったのか不明ですが、五摂家の近衛家に潜り込み……さらにツテを頼ったのか、尾形乾山へとつながっていったと……。それからは琳派の影響を強く受けていき、尾形光琳だったか……琳派に私淑したというのが通説のようです。

というところまでが先週までのトーハク展示のストーリーです。

なのですが、話は明日(2024年11月12日)からの展示に続いていきます。これは予想通りのことだったのですが、円山応挙の作品が数点取り上げられるんです。

なぜかといえば、写実画を完成させた人が、円山応挙などの円山派または四条派と言われている……というのもあるのですが、わたしはそれよりも、トーハク担当者は「円山応挙が渡辺始興を私淑していたから」……ということを念頭に置いているんだと思います。

元ネタが分からないのですが、竹内梅松さんという……おそらく昭和初期の美術史家とか評論家さんみたいな感じだと思うのですが……その人が「円山応挙は渡辺始興に私淑し『近世の名手であると推称してその芸術を敬仰してやまなかったという』と記しているんです(『藝術』3(1),大日本藝術協會)。この人に影響されてなのか、他の方も同様のことを記しています。それでは円山応挙が、渡辺始興のどのあたりを私淑していたのかは、京都国立博物館の過去の展示の解説文に記されていました。

自ら植物図譜を編んだほど博物学に関心を寄せた(渡辺始興が仕えた)近衛家熙の姿勢は、おのずと始興をも感化していくこととなります。写生を重視する始興の作画態度は円山応挙にも多大な影響を与えるなど、始興は18世紀中葉以降における京都画壇興隆の先駆けとなる、重要な歴史的役割を果たしたのです。

京都国立博物館『渡辺始興の絵画

そうなんですね……今回の展示作品を見てもピンときませんでしたが、渡辺始興さんは、主君である近衛家熙さんの影響もあり、写生を重視していたそうなんです。そして渡辺始興さんの《真写鳥類図巻》というものも残っていて(個人蔵だったり三井蔵だったり)……そしてこの図巻を、円山応挙は熱心に模写しているんです。そして、この応挙の《写生帖》……というか、《模写帖》は、トーハクに所蔵されているんです……ぇぇええええ! って感じです。そこまで分かって調べたら、もちろんわたしも見えいましたよ。↓

渡辺始興さんの《真写鳥類図巻》も見てみましたが、円山応挙さん……丸パクリですやん……って、模写なので当たり前なんですけどね。

で、渡辺始興さんの図巻は、禽鳥類を写生した《真写鳥類図巻》しか残っていないようなのですが、どうやら草花禽蟲の帖もあったらしい……ということが、河野元昭さんの『渡辺始興筆「真写鳥類図巻」について』という記事で記されています。

東京文化財研究所文化財情報資料部 編『美術研究 = The journal of art studies』(290),国立文化財機構東京文化財研究所,1973-11. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/7964393

圓山応挙さんの写生帖は、トーハクに草花禽蟲が残っていますからね……。

なんだよぉ〜……円山応挙の傑作だと感じた《写生帖》は、実は模写だった可能性があったなんて……しかも渡辺始興さんのを丸パクリしたものだった(かもしれない)なんて……なんか嬉しいw

ということで、トーハクでは今週から円山応挙さんの《写生帖》……蝶写生帖(写生帖 甲帖)と昆虫写生帖(写生帖 丙帖)が展示されます!!

週末に再訪したときには、「尾形乾山から渡辺始興への流れは展示したのに、なんで円山応挙まで展示しなかったんだろう?」と思いました……1-2作品であれば、展示できないこともなかっただろうと思ったからです。でも、逆に次の展示替えで複数の円山応挙作品が見られるかもしれない……いや展示してほしいなぁ……そうも思ったのですが、しっかりと展示されることになりました。

これはもう、明日にでも見に行きたいです。

■今季……12月22日までの展示の見どころ

 ●本館7室『屏風と襖絵―安土桃山~江戸』
全3点ともおもしろそうです。まずは最近わたしが連呼している渡辺始興さんの数少ない作品……今回は《池田宿図屏風》がみられます。ほか2点は、いずれも個人蔵の、筆者不詳の《洛中洛外図屏風》と、田中訥言さんの《十二ヶ月風俗図屏風》です。個人蔵なので公式な画像データがネットではみられませんが、ブログなどにアップされているのを確認する限り「これも見てみたい!」といった感じです。

渡辺始興《池田宿図屏風》 出典:ColBase
渡辺始興《池田宿図屏風》 出典:ColBase

 ●本館 8室『書画の展開―安土桃山~江戸』
前述したとおり円山応挙の蝶と昆虫の《写生帖》は、絶対に見落とせません。そのほか伊藤若冲、長沢芦雪、呉春という江戸中期の京都画壇のビッグネームの……扇面の作品がちょこちょこと展示されるので、押さえておきたいです。さらに掛け軸でも、円山応挙2幅やチーム『奇想の系譜』の曾我蕭白2幅、それに個人的に見たいなと思うのが岸駒(がんく)さんの《虎に波図屏風》です。

曽我蕭白の《牽牛花(朝顔)図》と《葡萄栗鼠図》

 ●東洋館 8室『中国書画精華—宋・元時代の名品—』
秋の恒例の特集展も足を運びたいです。わたしは中国書画についての良し悪しが全く分からないでの完全に感覚に頼ると同時に「国宝」と「重文」を重点的に見たいと思いますが……その国宝と重文の数が多い! 国宝はさすがに書画各一点ですが、半分以上が重文なんじゃないかな……くらいな感じです。
昨年の特集でも多かったですからね。

そのほか、かなり眉唾ですが伝・牧谿(ぼっけい)の《猿猴図軸》や、牧谿印の《岩猿猴図》なんていうのがあったり、伝毛松の猿図軸なんかも見ておきたいです。このあたりは、本館の「写実画」にも通じるものがあるんじゃないかなぁ。

ということで、今回も書き殴り系のnoteになってしまいましたが……本当はもっと「狩野家(派)」について書きたかった……途中まで書いた……のですが、あまりにも話題があっちこっちに行ってしまったので、大幅に削っておきました……それらはまた別の機会にして、今回のnoteは以上です。

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かわかわ
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