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デスマスクは静かに嗤う/連載エッセイ vol.34

※初出:知事認可・岩手県カイロプラクティック協同組合発行、「ほねっこくらぶ通信 vol.36(2006年10月)」掲載(原文ママ)。

耳元で囁く様な、くぐもった声で浅い夢から現実へと引き戻される。
精神から少し遅れて目覚め始めた肉体が、道路の起伏を反映した不規則な揺れを感知し始めた…。

な~んて、どこかの三文小説の様に書き出すと尤もらしく聞こえるが、何の事はない、岩手から池袋へ向かう高速深夜バスにて爆睡中に、車内アナウンスで起こされただけの事である。

今回の上京目的は、私が所属するカイロ団体の『中枢』が集まる、月一の会議に参加する事。

それ自体は昼過ぎから始まるので、当日早朝の新幹線でも間に合うのだが、早起きしてバタバタ移動するよりも、サッサと現地に入って、会議の準備やら次回担当する講義の下調べをしている方が時間を有効に使える傾向が私にはあるので、毎回このような行程となる。

(それは会議が団体の本拠地である関西で開催される時も同様だ。)

都合により、いつもの会場が使えない為、その日は普段と逆方向の『代々木八幡』に移動する必要があった。

『早入り』の唯一の不安は、『どこで時間を潰すか?』という事であるが、そこは流石にTOKYO、大抵の場合、駅前には24時間営業のファミレスかファストフードの店があり、早朝深夜の移動であっても不便を感じる事はない。

今回初めて訪れる『代々木八幡』とて同様であろう、『渋谷区』だし(←意味不明)…。
そんな淡い期待は、山手線・小田急線と乗り継いで駅へ降り立った瞬間に打ち砕かれる事となった。

確かにコーヒーショップはある。

しかし開店時間は07:30。
あと一時間以上はある。

駅前の通りを端から端まで歩いてみてもメボシイ店はなく、仕方なく駅の軒下で雨空を見上げながら佇むしかなかった。

いつもなら手軽な文庫や新書を携帯しているのであるが、その日は数冊の医学書を持ち歩いていた為、少しでも手荷物の軽量化を図ろうと自室に置いてきてしまっていた。

余りの退屈さに医学書を取り出そうともしたが、『雨の駅軒下で仁王立ちしながら大判の解剖学書を読み耽る大柄な男』の異様な姿を想像し思い止まる…。

すると奇跡が起きた。

開店予定の30分前にも拘らず、コーヒーショップの電灯が燈り、立て看板がゆっくりと回り始めたのだ!!

『神様はいた!!』

私は本降りになってきた雨を避けようと駆け足で道路を横断し、ステップを駆け上がり、まるでゴール際のスプリンターさながら頭から店内に飛び込んだ!!

…ハズだった…。

『ゴメシッ!!』

しかし無常にも自動扉は道を譲らず、私の顔面はそのガラス面と熱い抱擁を交わす事となった…。

驚いた店員(約2名)の視線を感じるや否や、私は激痛を堪えながら道路側に向き直り

『いや今のはァ
 掃除をする為に明かりを点けた店へ 
 早とちりで入ろうとして
 顔面を強打したのではなくゥ
 雨宿りの為に軒下に駆け込んだ際に
 勢い余ってドアにぶつかっただけですよォ』

的オーラを背中で醸し出してみる。

無論そんな無駄な努力は通用する筈もなく、まもなく背後から『だ、大丈夫ですか~?』という女性店員の声。

『誤魔化し切れぬのなら、せめて爽やかな受け答えを!!』

そんなナケナシのプライドをかき集めて作った満面の笑みは、しかし振り返った瞬間、己の油分で刻まれたデスマスクのようなガラス上の激突跡と目が合った瞬間崩れ去るのであった…。


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