動く相部屋にてマスターは斯く語りき/連載エッセイ vol.82
※初出:知事認可・岩手県カイロプラクティック協同組合発行、「ほねっこくらぶ通信 vol.84(2014年・第5号)」掲載(原文ママ)。
このエッセイが掲載された通信が、皆様の手に届く頃、みちのく岩手は既に秋の盛りを過ぎ、晩秋の気配が漂い始めている事かと思う。
この時分は、いつの間にやら制定された法律のおかげで、いくつかの祝日が、日付に関係なく近場の月曜へ移行され、結果として週末を絡めた『連休』が『多発』し、今更ながら、不意に訪れるカレンダー上の『赤数字の行進』に驚いてしまう。
しかしながらこの傾向、我々のような業種にとっては、少々厄介。
何故ならば、『平日は在店業務&週末は出張研修』というスタイルで日々、生活の糧を頂戴し、知識や技術の研鑽を行う我々にとって、特に出張の交通手段が、一般の方々との競合で、確保し難くなるからだ。
(ちなみに…教育機関を修了し、『プロ』になってからこそ、毎週末、『自己の研修』や『講演セミナー活動』で忙しく過ごすのは、この業界では国際的に当たり前の行為であり、いわゆる『トップクラスの臨床家』ほど、その傾向が強い。
そう考えると、日本国内で、『毎日休まず営業!!』とか『土日祝日も対応!!』と謳っているクリニックって一体…??)
加えて、この季節、少々厄介な事案がもう1つ。
我々みちのくで活動する臨床家にとっては必然的に、『集合研修への参加』は同時に『長距離移動』を意味する。
その為、その移動には、時間的な効率を考慮して、『寝台列車』や『高速深夜バス』を利用する事が多いのであるが…
人々の移動が多くなるこの季節、この『寝台系交通手段ビギナーズ(初心者)』による『暗黙のマナー破り』が横行するのである…。
それは、この秋最初に訪れた『3連休イブ(つまり金曜の夜)』での事だった。
翌日に横浜での講師業を控えた私は、いつも利用する深夜バスを、JR花巻駅のバスロータリーで待ち構えていた。
予定時間から少し遅れて、バスが到着。
『お!!
いつものバスじゃな!!
若干、旧モデルか!?』
ワタクシ級の『寝台系交通手段マスター』ともなると、そのバスの外見から、『フットレストの有無』・『座席リクライニングの程度』・『トイレの位置』など、ある程度の車内設備を予想し、瞬時に『手荷物預けの要不要』や『快眠シミュレーション』などを判断想定する。
満席の車内へ入ると、予想通り、若干古いモデルのバスの様子。
しかしながら、ふくらはぎを支えるタイプのフットレストもあり、座席の横幅もやや広めの設計。
この路線で通常使用される新しいモデルのバスでは、何故かフットレストが省かれ、座席も狭めなので、むしろ嬉しい誤算だ。
そそくさと座席につき、体勢を整えたら、次に取り掛かるは『高速深夜バスにおける快適就寝環境づくりプロジェクト』における『最重要項目』…そう、『座席のリクライニング』である。
ここで『マスター』から快適な深夜バス生活を送るための『ワンポイントアドバイス』。
それは…『声掛けの前に座席倒すべからず!!』
つまり、リクライニングする前に、必ず後部座席の乗客へ、『倒していいですか??』の一声を掛けて頂きたい!!
ワタクシの愛する北海道ローカルバラエティーの出演者の言葉に、『深夜バスは動く相部屋』という珠玉の名言がある。
『袖振り合うもナントヤラ』…とはよく言ったもので、一瞬とはいえ、この一言の邂逅があるかないかで、前後座席の雰囲気は格段に変わる。
むしろ、この一言があると、やや大きめに座席を倒されても、何故か許せてしまうから人間の感情というのは面白いものだ。
そんな訳で、マスターたるワタクシは、毎度毎度、確信犯的に後部座席への事前の一言を欠かすことはない…。
しかしである…。
バスが出発して10分程経過した頃であろうか。
私の前の座席が、不意に音もなく倒れてきた。
しかも…あろうことか、MAX(最大限)に‼
ここでマスターからの『豆知識』。
新しい型の深夜バスは、乗客間のトラブルを避ける意味で、このリクライニング機能が若干制御されており、最大限に座席を倒しても、後部座席の乗客の活動はギリギリ確保されている(もちろん、そうは言っても『暗黙のマナー』として、多少遠慮するのは当然であるが…)。
しかしながら、旧型のバスでは稀に、このリクライニング機能に『特化』したモデルが存在し、その際、座席は限りなく『フラット(水平)』に近づき、その結果、後部座席の乗客の活動の自由は…一切奪われる。
そして、その夜に乗車したバスが…今では『幻』ともされる、その『旧型』であったの!!
想像して頂きたい…。
身長177cmの大柄な中年男が、下半身を座席に拘束されながら身動きできず、ただ30cm前方に転がる、前座席乗客の頭頂部を眺めている様を…。
『ヤバい…このままでは、一睡もできずに、翌朝、浮腫みきった足を引き摺りながら、横浜オサレエリアにある会場へ辿り着き、更に1日立ち通しで講義をする羽目になる!!』
危機を感じた私は最初、さり気なく定期的に座席を脚で押し返す事で、相手の注意を促そうとした。
しかしながら相手は『暗黙のルール破り』を犯す『ビギナー』。
そもそも、『深夜バスって、振動含みでこういうモノ』という認識に落ち着かれたら、堪ったもんではない。
反応のないまま、バスは『最終乗車地』であるJR北上駅へと、間もなく到着しようとしていた。
もしこのまま『消灯』を迎えた場合…挽回のタイミングは完全に失われる事となる。
仕方がない…。
覚悟を決めた私は、これも『ビギナーを導くマスターの仕事』と割り切り、直接声を掛ける事に決めた…極力、紳士的に…優しく…物静かに…。
しかし…ここで2つの誤算が生じた。
1つは、軽く肩を叩きながら、『すみません…』と声掛けしたものの、相手はイヤホンで音楽に聞き入っていたらしく、こちらが驚くほど『ビクゥ!!』としたリアクションを呈し、その声掛けが完全には耳に入っていない様子だった事…。
もう1つは、普段ド近眼でコンタクトを使用しているワタクシが、入眠前の裸眼で見据えた為、非常に…眼光鋭く訴えかける形になってしまった事…。
結果として…相手からすれば、ノリノリで音楽を聴いている最中、不意に肩をド衝かれ、イヤホンを外して慌てて振り返ると、やたら人相の厳しい大柄なオッサンが、言葉少なにナニやらプレッシャーを掛けてきた状況と遭遇した訳で…。
その後、前部座席の背もたれは、ほぼリクライニング機能が発揮されない状態で朝を迎える事態を招いてしまった事は…マスターとしても痛恨の極みである…。
ただ、まぁ…この夜の出来事が、彼にとって『寝台系交通手段マスターの高み』を目指す『一里塚』にならん事を!!(←ナニ目線!?)
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