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(短編ふう)病魔を使役する魔女
病いは善悪に対して中立。
善人もなく悪人もない。どちらにも無作為に降りかかる。
そして、必ずしも不幸ではない。
病い自体は幸でも不幸でもない。
魔女は、〈病魔を使役する〉自分の魔力を恐れていた。
無意識な衝動が、病魔を使役してしまう。
病魔は確率的に振舞う。
素粒子の位置や運動が、確率的に決まるように。
指先を離れた紙飛行機は、ニュートン力学では3メートル先に着地するが、量子力学では、80%の確率で2.5~3.5メートル先の範囲に着地する。
誰を、いつ、どのように襲うのか?
徳も不徳もなく、啓示でも罰でもない。
病いは、在って、確率的に襲う。
病魔は、確率的に働く。
彼女の中の〈魔女の血〉が無意識に脈打ち、病魔たちがそれをとらえて確率的に動き回る。
実は、彼女自身、それを意識できない。
罪もない幼児が重い病いにかかってしまうのを、何度も経験した。
不意の病いにかかった勤勉な父親が、家族の生活を心配する様子も、何度も味わった。
目標をもったアスリートが病で体力を奪われる様子を見つめるしかなかったことも、稀ではない。
自分の血のどんな衝動が、どのように病魔を働かせて、諸々な結果を起こすのか、わからない。
— こわい。
生まれながらの血のせいと、受け入れようとしたが、受け入れきれない。
血のせいだと受け入れてしまえば、他のすべての感覚も行動も、自分ではない誰かの遠隔操作のせいになってしまう。
血筋が自分を呑み込んで、自分が消えてしまう。
使役なんてしていない!
なのに〈病魔を使役する魔女〉と呼ばれる。
「あっち、行って!」
女王に従うようにして周囲に浮遊している病魔たちを、左手で大きく降り払ってしまった。
いくつかの病魔が、出陣を命じられた騎士たちのように素早く四方へ散る。
ああ、わかっている。
こうした感情の動揺が、病魔たちを使役してしまうのだ。
月のように、平静でいたい。
神が与えてくれた試練だ、と受け止める商人がいた。
身内の者が献身的に、必死の看病をしていた。
強欲な商売の報いだ、と根拠のない非難をする者もいた。
そんなんじゃないのに!
彼女は、右手中指のペンだこを見つめた。
窓の外は燃えるような赤い夕焼けだ。
壁の書棚に並んだ背表紙の金糸文字が反射している。
〈病魔を使役する〉宿命を負った魔女は彼女ひとりではない。
同じ宿命を背負った魔女たちは、宿命から解放されようとして〈血の衝動〉と〈病魔の活動〉の関係を解き明かそうと研究を重ねている。
彼女も同様だ。
先人と仲間の足跡をむさぼり、極限的に抽象的な計算を果てしなく繰り返している。
もう、ペンだこに染み付いたインクが消えない。
弟が教えてくれた。まだ幼く、悪魔少学校に通っている。
仲良くなった司書ドロイドが、そう言ったらしい。
「そうですね。私は、病いとは無縁なので、データベースで知る限りですが、病いは善にも悪にも中立ですよね。善人も悪人もなく、どちらにも無作為に降りかかります。善悪レベルは超越しています。それに、病いは必ずしも不幸とイコールでもないようですね。病い自体は不幸でもなく、幸福でもないようです。」
「じゃあ、なに?」
「転機、ですね。」
物語の転機になるもの、だという。
弟がくれた言葉を思い出すと、魔女は小さく微笑みをこぼさずにはいられない。
— だが、魔女の血に放たれて、いくつかの病魔が街に走った。
—了―
弟の「見習い悪魔」を書いた(短編ふう)もあります。お時間のある時、こちらもご一読いただけると嬉しいです。