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苦手なものが変わるとき | 莉琴

わたしは旅というと飛行機ばかりで、例えば東京ー金沢のような近距離も飛行機移動だった。
それは家族の意向によるもので理由を聞くと、
「早いじゃん」
と即答で、移動へ求めるものが明快だった。

逆に出張は新幹線が多く、これまでで一番の長丁場は4時間乗り続けた東京ー岡山出張だった。
ほぼ全都道府県制覇の出張慣れした家族からは、
「え?!岡山なら飛行機でしょ…1時間半かからないよ?」
と驚かれたが、会社の経費削減のあおりを受けた『本州ならば新幹線』というザルすぎるルールのせいだった。

けれど、わたしは初めて岡山県に行ける!と楽しみにしていて、先輩2人と新幹線で横並びに座って向かった。
この3人横並びも「なぜ?!」と家族から突っ込まれた。道中ずっと同僚と一緒では互いに気をつかうし、各自でチケットを手配して出張先の現地集合が当たり前だと言う。

でも、わたしは知らない土地へひとりで行くのは到底無理だし、買い方がわからない新幹線の切符も会社が用意してくれるので、むしろ助かるシステムだった。
しかも、今回は仲のいい先輩も一緒で気楽だ。修学旅行生のようにわちゃわちゃ喋りながら朝ごはんのおにぎりを食べた。

「よくそんなに寝られるなぁ」
先輩たちに感心されるほど、移動の後半2時間はほとんど寝ていた。
現地に着いたら同時通訳も可能な大きな国際ホールで会社のサービスについてひとりで2時間話し続けた後、来場者との個人相談会も先輩たちと手分けして対応という激務が待っている。
くったくたになるから本当に気が進まないけれど、そのおかげで岡山へ行けるのだから仕方がない。


すべてを終えるともう夕暮れになっていた。
このまま初めての岡山で名物を食べて温泉に浸かり一泊したいが、もちろん鬼の弾丸日帰り出張だった。
暑い中すぐに岡山駅へ向かい、駅の売店で吉備団子だけ買って新幹線へ飛び乗った。

帰りも3人横並びで座る。
席を立った最年長の先輩が缶ビールを3本を抱えて戻って来た。
「おぉ〜ありがとうございます!」
仲のいい先輩がうれしそうに声を上げた。
ビールが苦手なわたしはきっと棒読みで御礼を口にしていた。
打ち上げ的な雰囲気に押されて一口飲んでみると…おいしい?!
零度以下かと思うくらい冷えた缶ビールはなんともおいしかった。


誰とどこで飲むかでおいしさも変わるとは。
これは食べものだけではなく、色々なものに当てはまるのかもしれない。
ふとしたことで苦手は生まれるけれど、わたしたちは日々揺らいで変化している。
毎日完全に同じ自分ではいられない。
過去の自分がつくった殻からするりと脱皮するかのように、ちょっとしたことで苦手が反転することもあるだろう。


帰りは先輩たちがぐっすりと寝ていた。
緊張も準備もいらない個人相談会しかやってないのにな…若干うらめしく横目で見る。
おいしい相棒となったビールを飲みつつ夜景を眺めながら、また4時間かけて東京へ帰っていった。











#リレーエッセイ #5巡5番目
#旅の移動手段 #旅の移動に求めるもの

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HAKKOU(はっこう)/リレーエッセイ
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