小説|メルクリウスのデジタル庁の年末 第8話 金星編
昼休みを終えた私たちはおしゃべりをしながら部屋に戻った。
情報課の入り口まで来ると、カーチアさんがちょうど部屋の扉から出てくるところだった。相変わらず6次元の人達は物質をものともせずに通過できるから羨ましい。扉を開けることなくそのまま通過できるのだ。
「あら、二人そろって。いつも仲が良いわね!外でたっぷりプラーナを補給できたかしら?」とテレパシーで声をかけてくれた。
「はい。ありがとうございます。カーチアさんも休憩ですか?」私が答える。
「そうしたいんだけど、やる事が次から次へと出てきてね~。もう少し頑張るわ」
そう言った瞬間、彼女は私たちの目の前から姿を消した。よほど忙しいと見える。
カーチアさんを筆頭としたチームはウィーヌスの担当。ウィーヌスの人たちは、テラ星で言うところのヒューマノイドではないが、時々私のために人間化してくれる。人間化したカーチアさんは明るくゴージャスな美人。テラに転生していた頃はこのような姿だったそう。
メンバーの一人のマーリーさんは、ウィーヌスとテラ、プルートの転生回数が多く、テラやプルートの習慣に熟知している。テラでの何度か目の人生の時、一度私の同級生だったことがある貴重な存在だ。
カーチアさんはいつ見ても綺麗な人だった。
ウィーヌス地区の住人の身体は、体は形が刻々と変化する流動体の塊のように見える。液体になったオパールのような体は虹色に発光し、辺りにきらきらとした光を放っている。メルクリウスのペリスピリットを身にまとっていてもその美しさは格別だ。
6次元の惑星の人達には時間や物理的な束縛がなく、物質としての形も流動的。しょっちゅうテレポーテーションをして、行きたいところには瞬時に行ける。私はウィーヌス時代の記憶を少し思い出した。考えただけで自分の行きたいところに行ける。便利なようだが、ふと思っただけでも遠くに移動してしまうことがあったので、子供の頃はよく学校で叱られたものだ。
テラの居住区の住人も、私が今朝祖母と遊んだ古いタブレット端末を物質化させたように、何かを思っただけで物質化することができる。これはウィーヌスの人達のような6次元の人達からみると面白い現象のようだ。
キアは4次元の惑星の前世がある地区の住民なので、時間を遡ったり未来に飛ぶことはできるが、物質を通過したりテレポーテーションをしているところは見たことがなかった。
私はキアと別れ、自分のデスクに戻った。タブレットにアクセスすると、数件申請済みの魂の記録が私のバッチに入っていた。COICA派遣団の魂のフォルダーの処理は終了しているはずだが、バッチの中には惑星間の転生の魂の記録が引き続き申請されている。よく見ると、ウィーヌスからテラに転身した魂の記録が多いのに気が付いた。
私は午前中にモーリーンさんやネーダさんと作業したときの事を思い出しながら、今度はクリスタルの力を借りずに自力でフォルダーの保護と強化ができるか試してみた。
ウィーヌス出身者は愛情深くて明るく、ゴージャスな雰囲気の魂がとても多い。私は先ほどカーチアさんから感じたバイブレーションを思い出しながら、魂のフォルダーに手をかざしていく。
プラーナ。そうだ、プラーナのバイブレーション。宇宙の栄養素といわれるプラーナには独特のバイブレーションがある。
空から降ってくるプラーナの虹色のきらきらした光のバイブレーションはウィーヌスそのもの。私はそのバイブレーションにできるだけ近づき、6次元と3次元の魂のフォルダーを重ねて保護していく。繊細な作業ではあるものの、自分のフォルツァをとにかく加減しながらフォルダーの次元を一致させ、鍵をかけて保護した。
あとは祈りでフォルダーを強化するのだが、ここでも先ほどの作業を思い起こす。ネーダさんが作った大霊とのパイプライン。あれと少し響きが異なるが、私はテラとウィーヌスに転生したころの記憶を頼りに、両方の次元に共通点のある祈りの言葉で締めくくった。古い聖歌の一部だ。
何度かフォルダーを開閉し強度を確かめるが、このバイブレーションでいいのか悩む。
迷った私はケビンさんに相談、と思ったが、あいにくケビンさんは遅番の昼休憩に出ている。思い切ってウィーヌスチームのメンバーにテレパシーで確認をお願いした。
「マーリーさん、すみません。今少しお時間ありますか?」
「はい、どうしました?」
「ウィーヌスからテラに転生した記録の補強をしたのですが、このバイブレーションで合っているのか確認していただきたくて」
次の瞬間、マーリーさんが私の横に現れ、私のタブレットを覗き込んだ。フォルダーの状態を確認している。
「方法論はあっていると思うよ。でも、その前にフォルダー自体のバイブレーションをよく感じ取ってみるといい。この魂は記録内容も重いし、かなり過酷なお役目を果たしてきたようだね。祈りはどんなものをささげた?」
私は先ほどの聖歌を繰り返した。
「うん、ウィーヌスのバイブレーションはテラでいうところのムンド・コンティネントゥムのバイブレーションに似ているから、祈りも正教会のもので合っている。
今千佳が選んだ聖歌は、もう少し穏やかな人生を送った人にちょうどいいと思う。別の聖歌もあるからそれで試してみよう」マーリーさんが歌い始めた。
フォルダーが一瞬虹色と乳白色に光った。
「これで大丈夫だと思う。また何かあったら声かけて。」
一瞬マーリーさんは、遠い昔の何度かのテラで転生した時代の、私の同級生だったころの姿をしてくれた。当時の頼もしいクラスメイトが目の前にいる。昔も何かとあると頼りっぱなしだったが、今もそのパターンは変わらないらしい。懐かしい記憶がよみがえってきた。
私は彼の気づかいに感謝し、お礼を言った。
方法論に頼りすぎてもいけない。午前中に体験した感覚を試してみたくて仕方がなかった私のエゴが出たようだ。魂のフォルダーはそれぞれの人々の人生の記録。一つ一つが大切な記録で、内容もバイブレーションも全く違う。それぞれの人生に寄り添う事。あらためてその重要性をマーリーさんから教え諭された気がして、私は自分のエゴを恥じた。
(続く)
(これはフィクションです。出てくる人物は実際の人物とは一切関係がありません)