『Sea Sniffers』海に投げ込んだアザラシが掴んだのは"未来へのチャンス"【受賞者ドキュメンタリー第8弾】
釣り糸の先に結ばれているのは針ならぬアザラシ。少女が釣り竿をしならせてアザラシを海に投げ込むと、アザラシは自由に海中探索を始めるのだ。なんともユニークな設定の「Sea Sniffers」を開発するのは、オランダのインディーゲームスタジオBlastmodeのRichard Lems氏。氏はこれまでにもガチョウが銃で戦う「Mighty Goose」、鳥がメカカーを運転する「Road Warriors」など、動物主人公のゲームを数多く手がけている。氏の原点や動物へのこだわり、本業とインディーゲーム作りのワークライフバランス、そしてオランダのインディーゲーム事情について聞いてみた。
■シャイな少年が大人になり、夢を叶えるためにインディーゲーム作りを続ける
――よろしくお願いします。まずは、現状の開発体制について聞かせてください。
🔸Lems:「Sea Sniffers」を開発しているBlastmodeのRichard Lemsです。今はWeb開発の仕事とインディーゲーム作りで二足のワラジを履いている状態ですね。
――スタッフの数は何人くらいなのでしょう?
🔸Lems:Blastmodeで2人、音楽はフリーランスの方にお願いしているので合計3人です。もう少し人を増やしたいとも思うんですが、そうすると色々な意見が出てきてクリエイティブの自由度が下がってしまいますし、人員のマネジメントにも時間を割かなければなりません。そう考えると、今の体制が良いでしょうね。
――確かに、インディーゲーム作りにおいて人を増やすのは難しい問題ではありますからね。では、ビデオゲームの原体験について聞かせてください。
🔸Lems:初めてビデオゲームに触れたのは10歳頃で、メガドライブで出ていた、ソニックのゲームでした。母からは「自分で操作できるアニメ」と説明されましたが、ボタンを押したら、画面の向こうでキャラクターが動くし、見た目も色鮮やかだったので、とても綺麗に感じたし、魅了されたのを覚えています。
――それからずっとゲームをプレイし続けてこられたのでしょうか?
🔸Lems:ずっとゲームをやってきていました。勉強しなければいけない時も、PSPを持ち歩いていたりして。全てのゲームをプレイしたい、という位の気持ちでしたね。
――初めてゲームを作ろうとしたきっかけはどういったものだったのでしょう?
🔸Lems:14歳くらいの頃、パソコンを使っていた時に「RPGツクール」(※)のようなソフトを発見したんです。色々なことを試すうち、プログラミングを学ばなくてもゲームを作れるんだと知り、惹かれていきました。
――作ったゲームを他の人にプレイして貰ったりしましたか?
🔸Lems:いいえ。私はシャイでしたから、ゲーム開発という趣味をあまりオープンにはしていなかったんです。美大に通っている頃「Bunny Mage」という、魔女の帽子を被ったウサギが活躍するメトロイドヴァニア系ゲームを作りましたが、これが他人に見せた初めてのゲームですね。
――それまで秘密にしていた自作ゲームを、なぜ「Bunny Mage」の時は他人に見せることができたのでしょう?
🔸Lems:周囲にいた人たちがいわゆる“同類”だったからです。彼らは自分と同じくらいの熱量でフィードバックをくれて、それが印象的でした。
――“同類”たちだったからこそ、一歩を踏み出すことができたわけですね。就職先はゲーム業界だったのでしょうか?
🔸Lems:いえ、ゲームでお金を稼げればいいなとは思ってはいましたが、当時はゲーム開発系の仕事がそこまで広く募集されていなかったので、一旦郵便配達員になりました。その一年後、ゲーム開発に一歩でも近づこうということで、Web開発の会社に入ったんです。
――その後もゲーム開発は続けられたのでしょうか?
🔸Lems:はい。ゲームジャムに参加する機会が増え、「Sea Sniffers」の原型ともいえる「Bob&Dob」(※)や「ScubaBear」というゲームを作り、itch.ioで公開しました。これらのゲームはゲームボーイスタイルのもので、夏休みの時にひなたぼっこしながら遊び続けた「ポケットモンスター」や「ドラゴンクエストモンスターズ」の思い出も入っています。そして、これらの作品のおかげで、ゲーム作りについて趣味というより仕事として自信を持てるようになりました。ここからインディーゲーム開発者になりたいという目標が生まれ、その数年後にBlastmodeを設立しました。
――趣味のゲーム作りを職業にするため、一歩踏み出したことで世界が変わったわけですね。Web開発の仕事とインディーゲーム作りを両立する上での難しさはありますか?
🔸Lems:両立は、これまでの人生で最も困難なテーマではありますね。インディーゲーム作りは単に会社で決められた時間だけ働くというのとは異なり、時間の使い方がもう少し複雑になります。Web開発会社は私のインディーゲーム作りをリスペクトしてくれており、そのために休みたいという要望も快く聞いてくれます。それだけに、会社から要望があった時は聞き入れたいですし、バランスが凄く難しいですね。あとは自分の体力です。20代の頃は無限に働けましたが、30代に突入するとそうもいかなくなってきています。また、収入の問題もありますから、Web開発の会社を辞めるべきかどうかは正直分かりません。コツがあるとすれば、インディーゲームで成功すること。そうすれば恐らくこうした不安もなくなるのではと思います。
――理解のある会社だからこそ恩を忘れたくない。確かに難しい所ですね。
■動物と自然への愛を、オープンワールド釣りゲームとして昇華させる
――「Sea Sniffers」の内容と魅力を、改めて教えてください。
🔸Lems:主人公の少女と仲間のアザラシが世界中の海を巡って釣りをする、簡単に言えば“オープンワールド釣りゲーム”ですね。釣りといっても普通の釣りではなく、釣り竿に繋がれたアザラシを海に投げ入れると、アザラシを操作して海中探索や魚の捕獲ができるんです。また、島の住民を手伝ったり魚や植物のサンプルを集める、ちょっと科学的な要素も入っている、まったりできるゲームです。
――海洋ものゲームは大体プレイヤー自身が海に潜りますが、なぜアザラシなんでしょう?『Bob&Dob』 『Road Warriors』『Mighty Goose』 など、動物キャラクターのゲームを作り続けておりますが、動物にこだわりがあるのでしょうか?
🔸Lems:動物が好きなんですよ。ただ、「Bob&Dob」や「Sea Sniffers」でアザラシを釣り竿で操ることにした理由は、あまり覚えてないですね。ゲームでユーモア溢れるアクションをさせるには動物が向いています。世界中でインディーゲームが開発される中で目立つには動物を使えば他と差別化できますし、可愛いアザラシならイメージキャラクターみたいにもなれるんじゃないかな……ということですね。
――動物が海に潜る、というモチーフはitch.ioで公開されている「ScubaBear」でも同様です。動物と海にこだわりがあるのでしょうか?
🔸Lems:正直なところ良く分からない、というのが答えです。「ScubaBear」「Bob&Dob」「Sea Sniffers」のいずれも妻のダイアンと一緒に作っていて、彼女の考え方や意見はゲームのルックスや設定に深く関わっています。私も妻も自然を愛していますし、自然の中では力をもらえるような感覚がありますね。それに、都会にいるときでも大自然に包まれるゲームをプレイすることで得られる一種のリラックスも大事です。
――自然を愛されている一方、「Road Warriors」や「Mighty Goose」「KUNAI」ではカッコイイメカ描写にもこだわりが見えます。自然とメカを選ぶとしたら、どちらにしますか?
🔸Lems:それはずるい質問ですね(笑)。自然とメカはまったく違うもので、引き起こされる感情も違うので、一概には言えません。強いていうなら自然かも知れないし、やっぱりメカも格好いい。結局の所は良く分からないですね。
――やっぱり選べませんよね。「Sea Sniffers」の開発において、大変な部分は?
🔸Lems:「Mighty Goose」は一本道のレベルデザインでしたが、オープンワールド釣りゲームである「Sea Sniffers」はより複雑な内容です。キャラクターが行動を起こすと、それに応じてNPCの位置やセリフが変わるといった仕組みの複雑さがありますね。
――ゲームを開発する上でやりがいを感じる瞬間はありますか?
🔸Lems:「Sea Sniffers」については、リリースしていないので、なんともいえませんね。「Mighty Goose」については「お父さんと子どもが一緒にプレイして、とても楽しんでくれた」というような素敵なメッセージをいただいたこともあります。自分がやったことが単なる趣味で終わるのではなく、誰かのためになっているということがやりがいになっているわけです。
――自分の中だけで完結するのではなく、遊んでくれた人の反応がLemsさんの原動力になっている訳ですね。
■ゲームを作るため、あらゆるチャンスを掴みに行く
――オランダに住んでいるLemさんが日本のGYAAR Studioインディーゲームコンテストに応募した理由を教えてください。
🔸Lems:応募した理由は、ゲームを現実のものとするためですね。掴めるチャンスは何でも掴んでいきたいということです。日本の会社そのものへの印象自体が良かったのも理由ですね。かつて「Mighty Goose」のパブリッシングを日本の会社にお願いした際も、ちゃんと連携を取ってくれましたから。
――コンテストに応募する際、苦労した部分はありますか?
🔸Lems:このコンテストのことを初めて知ったのは、オランダのインディーゲーム開発者たちが集まったSlackでのことで、まさに締め切りまでギリギリのタイミングだったんです。そのため、他の作業を全て止めて応募用のデモを作るのが大変でしたね。
――ゲームジャムやコンテスト用のデモ作りなど、短期間で作品を仕上げる経験が豊富という印象ですが、こうしたゲーム作りの良さについて教えてください。
🔸Lems:敢えて期限を決めることで、それまでに絶対完成させないといけないというプレッシャーが生まれます。ゲームを開発してから世に出すまでの工程を一通り経験できること、特に最も難しい完成させることを体験できるのが良いところだと思いますね。ちなみに「Bob&Dob」はゲームジャムの1週間、応募用の「Sea Sniffers」デモは2週間で完成させています。
――締め切りといえば辛いものですが、敢えて自分にそうした制限を課すことで、完成させることの大切さを学べるということですね。GYAAR Studioインディーゲームコンテストで受賞したときの感想はどうでしたか?
🔸Lems:デモの完成度もまだ低かったので、受賞したこと自体が信じられなかったです。
――コンテストの賞金はどのように使われているのでしょう?
🔸Lems:自分の生活費や、楽曲制作の方への支払いですね。今は週に2日ほど働いていて、それ以外の時間をインディーゲーム作りに使っていますから。
――GYAAR Studioから受けたサポートの中で、印象的だったものはありますか?
🔸Lems:最もありがたいのは試遊会ですね。通常、インディーゲームクリエイターがこうした会を開催するためには、お金を払ってどこかの会社に頼むことになります。でも、GYAAR Studioのコンテストに入賞すれば、無料かつ定期的に体験会を開いて貰え、受賞者の方が実際にプレイした貴重なフィードバックをいただける。オランダからでもリモート参加できますし、もし私が日本に住んでいたら、毎日開発拠点の「GYAAR Studio Base」で作業をしていると思います。
――試遊会にリモート参加してみていかがでしたか?
🔸Lems:言語やタイムゾーンの壁もあるので、日本の受賞者さんたちとはそこまでコミュニケーションが取れていない状態です。「Forgotten Fragments」で受賞されたBinary PhoenixのPolさんとはタイムゾーンも同じなので、結構頻繁にやり取りをしていますね。実際にお会いすることで見えてくる情熱や熱情もあるので、そこはちょっと恋しいです。
――普段はどんな話をされているんですか?
🔸Lems:まだ表には出していないアートスタイルの練習や、インディーゲーム作りをしていない時のオフの話など、ちょっとした裏話を聞くのが凄く好きですね。練習中だったり、まだ磨いている最中のものについて聞く方が、強いインスピレーションを受けるように思います。そうした試行錯誤の過程からは開発者の人間性や悩みが見えてきて、その人を応援したくなってきますから。
――裏話の面白さですね。オランダではインディーゲーム作りは盛んなのでしょうか?
🔸Lems:盛んですね。コミュニティの規模自体は小さくて、お互いに顔を見知っているような感じです。
――もの作りをしていると、作品に対するネガティブな意見を目にすることもあると思います。ゲーム開発者として、SNSやユーザーの意見とはどのように向き合っているのでしょうか?
🔸Lems:まともなご意見なら発言者の方と向き合って、なぜそうした意見が出たのかを探っていく場合もあります。逆に、ただ暴言を吐きたい人には一切関わる必要はないですし、意見を取り入れる必要もないと思いますね。ネガティブな意見よりは、ポジティブな意見を貰うことの方が多いので、そちらに気持ちを切り替えるのも良いでしょう。
――ネガティブな意見の中からは、改善すべき点を見つけることもできる。単に場を荒らしたい人の声とは別物であり、しっかり区別を付けるということですね。ゲームを1本完成させるのは難しいことですが、最後まで作りきるために大切なものはなんでしょう?
🔸Lems:外部の人に管理して貰わないとダラダラしやすいところはあるでしょうね。私自身はGYAAR Studioさんに進捗管理をして貰っていて、定期的に報告しなければならないことが良いプレッシャーになっています。私がアドバイスするのであれば、友だちや友人など、お尻に火を点けてくれる外部の人がいればいいんじゃないでしょうか、というところですね。
――先日、第2回コンテストの結果が発表されましたが、プレッシャーを感じるようなことはありますか?
🔸Lems:もちろんプレッシャーは感じています。もっと頑張らないといけない、とポジティブに開発を進めていければと思います。
――第1回受賞の先輩として頑張って下さい。では、世界中でインディーゲームを作り続けるクリエイターたちに向けてメッセージをお願いできますか?
🔸Lems:私たちは今、様々の強力なゲーム開発ツールを簡単に使える時代に生きています。それにより、情熱溢れる人たちからなる小規模なチームが、非常に魅力的なゲーム体験を生み出せるようになったのは素晴らしいことです。あなたが次にハマるゲームはもしかしたら、生計を立てるために別の仕事と両立しながら、自宅の即席なオフィスで制作されたものかもしれません。このような趣味が生業になることさえあります。インディーゲームの開発者が成功し、本当の意味で独立するのを目にする度に嬉しくなってしまいます。私も、そしてあなたも、同じ夢を追いかけているかもしれません。みんなで最高なゲームを作りましょう。インディー開発者としての道のりを応援しています!
――ありがとうございました。
Sea Sniffers | GYAAR Studio インディーゲームコンテスト (bandainamcostudios.com)
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