座ることは本質的に不健康 『運動の神話(上)』 書評その2
『運動の神話』より引き続き、私たちの身体は「狩猟採集社会に適応した身体である」ことを前提に「座ること」「睡眠」について考察。
■座ることは本質的に不健康
ちなみに平均的なアメリカ人は、1日に13時間座っているとのことですが、本書第三章では、
ということで、座ることは不健康なんですが、より具体的には「背もたれのある椅子に長時間じっと座っている」のが不健康だということらしい。
そもそも原始狩猟採集社会においては、まず「背もたれの椅子」というのが存在しません。
王様や貴族が使う椅子は除き、背もたれの椅子が大衆に普及したのは、ドイツの家具デザイナー、ミヒャエル・トーネットが1895年に「カフェチェア」という椅子を大量生産する方法を考案してから。
背もたれのない椅子は、状態を支えるために背筋や腹筋を無意識に使っているし、椅子がなくてしゃがんでいる時は、脚、特にふくらはぎの筋肉を使っています。
つまり背もたれの椅子は最も効率的な座り方(=カロリー消費の少ない=筋肉を使わない)なので、運動不足になってしまうのです。
一方で、原始狩猟採集民は、前回1日平均7時間働いているとしましたが、我々と違って歩いては立ち止まり、そして根茎を取るために掘り、など全てが肉体労働でデスクワークなるものは存在しません。
そして休んでいる時、つまり座っているときは、背もたれ椅子はないので地べたに座り、会話をしつつ、足を入れ替えたり、ちょっとものをとったり、と長時間じっと座っていることはありません。ちなみにタンザニアのハッザ族の例では、調査した結果、通常15分間同じ姿勢を続けることはない、ということが判明。
要するにじっとしているのがよくないのです。なので座りながらも落ち着くなく手足を動かしていることが大事。
なぜなら、筋肉をじっと動かさないままに放置しておくと、血液中の脂肪や糖が使われずに血中濃度が高くなって炎症を起こしてしまうから。しかも筋肉を動かすことで放出される炎症を抑えるタンパク質「マイオカイン」も放出されず、更に炎症を悪化させてしまうから。
整理すると、
なので、デスクワークする場合は、
のが効果的。
なお、フリーアドレスのオフィスでよく見かける「立ち机」ですが、今の所、立ち机に大きな健康メリットがあると「お墨付きを与える綿密に計画された慎重な研究」はまだないそうです。
■最適な睡眠時間は7時間
最適な睡眠時間とは、一日約7時間です。多すぎても少なすぎても良くないというエビデンスが数多くあります。そして原始狩猟採集民も平均7時間睡眠をとっています。
一般に草食動物は危険回避のために睡眠時間が短く(シマウマ→3−4時間)、肉食動物は睡眠時間が長い(ライオン→13時間)。大部分の哺乳類は8−12時間の睡眠時間で、人間は、平均値より若干少ないのが理想的ということ(チンパンジーは11-12時間→樹上生活なので人間より安全だからでは、といわれている)。
■人間にとっての睡眠の役割
○成長促進
成長の約80%はノンレム睡眠時に生じます。
○記憶の定着・整理
脳の部位「海馬」が、ノンレム睡眠中に1日の記憶を整理・分類し、役に立たない記憶を廃棄し、役に立つ記憶を大脳皮質に送り込みます。
○脳内ゴミの排出
脳は体全体の20%のカロリーを使うため、高濃度の代謝産物を大量に生成。肝臓や筋肉などの組織は、代謝物は直接血液中に送れるのですが、脳は血液が直接脳細胞に触れないよう血液脳関門によって隔離されているため血液中に直接送れません。
したがって脳内ゴミを廃棄するという特殊なシステムを持っていて、このシステムがノンレム睡眠中に稼働(覚醒中は脳が活発に働いているので、このシステムが稼働できない)。
ちなみに長時間睡眠を取らないと、認知機能が急激に低下し、認知機能障害やパラノイア、幻覚などを引き起こします(脳を持つすべての生物も睡眠は必須)。
■「暗くて静かな寝室」は、近代化以降の特殊な慣習
これも面白い。夜寝るのは人間が哺乳類の中でも特殊な部類に入る昼型(大半の哺乳類は、捕食者回避の目的から夜行性)なので、人類誕生以降からそうだったと思いますが、実際には、近代社会以前では、火の焚かれたウルサい環境の中で寝ることが多かったといいます。
狩猟採集社会でも
そして
とのように、人類が20万年前に誕生して以降、個別の寝室で寝るという慣習は、現代の先進国と発展途上国の一部富裕層だけに見られる特殊な社会慣習。
■不眠症の克服
アメリカの成人の約10%は診断可能な不眠症で、30−40%は何らかの睡眠不足で、アメリカ人の5%は睡眠薬を服用(厚生労働省HPによれば、日本も全てアメリカとまったく同じ比率でした!)。
ちなみに睡眠は二つの生物学的プロセスによって制御されています。それは「体内時計」と「恒常性維持システム(ホメオスタシスという)」。この二つのシステムが協調して働き、睡眠と覚醒のサイクルを維持。
○なぜ多くの現代人は、眠れないのか?
なぜなら著者曰く、生命を脅かす危機に反応する「闘争と逃走」システム(※)を活性化させているから。一般的な言い方では、過剰に交感神経系を活性化させてしまうから、です。
現代人の場合は、人間関係のストレス、通勤のストレス、時間のかかる宿題のストレスなど、慢性的なストレスによってコルチゾールなどのストレスホルモンが過剰になり、眠るべき夜に目が冴えてしまう。
○不眠症の具体的克服方法
【運動】
一番副作用がなく効果的なのは運動です。ただし寝る直前の運動は交感神経を刺激してしまうのでダメ。一日の早い時間にサッカーを1試合したり、ガーデニングを1−2時間したり、長い散歩に出かけると、睡眠圧を高め、体を刺激して副交感神経を活性化(休息と消化反応)させます。具体的にはコルチゾールとアドレナリンの分泌量を低下させ、体温を下げ、体内時計を同期化。
【睡眠薬】
「睡眠薬は危険だ」と著者は警告しています。
【飲酒】
アルコールは最初は眠気を誘うことはできても、睡眠を維持する神経伝達物質を混乱させてしまうため、避けた方がいいと言います。
私も飲酒ですぐに寝るタイプですが、なぜか必ず午前2時に必ず目が覚めてしまいます。
以上、ここでも「運動が大事だ」という結論。次回は上巻の最後「筋肉と暴力について」。追って紹介します。
*写真:越後湯沢にて「山の湯」より(2023年1月撮影)