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「何人にも流されない強さ」伊坂幸太郎の『魔王』を紹介。

 伊坂幸太郎といえば、かなりの売れっ子作家で「オーデュボンの祈り」「アヒルと鴨のコインロッカー」「ゴールデンスランバー」なとの作品が有名です。舞台や映画になった作品も多く、映像化に恵まれている作家というイメージがあります。本日は彼の作品の中で、僕が一番好きな「魔王」という作品を紹介していきたいと思います。


魔王の概要

 魔王は2005年に講談社から出版された小説です。著者自身が「自分の読んだことのない小説が読みたい。そんな気持ちで書きました」と語る作品。実際に伊坂幸太郎作品の中ではやや実験的な作品で、エンターテイメント性よりもメッセージ性の強い作品となっています。自分が念じた言葉を相手に話させる能力を持つ安藤が主人公の「魔王」、その5年後を描いた「呼吸」の二つの中編から構成されています。

「魔王」の簡単なあらすじ

 主人公の安藤は、ある日自分に特殊な能力があることに気が付きます。それは、自分の念じた言葉を他人に喋らせることができるという能力でした。「腹話術」と名付けられたその能力を使って、安藤はある行動を起こす決意を固めます。

当時の日本は犬養という政治家によって大きく変わろうとしている時期でそた。強烈な言動で日本を掌握していく犬養にファシズムの再来を予期した安藤は「腹話術」の能力を使い、彼の信頼を失墜させようとします。しかし、犬養の仲間と思われる男の妨害にあり、安藤は命を落としてしまいます。

「呼吸」の簡単なあらすじ

 安藤の死から五年。安藤の弟「潤也」にはある能力が備わりました。それは、十分の一の確率を確実に引き当てるというもの。中でも、じゃんけんは顕著に能力が発揮され、兄が死んで以降一度も負けることはありませんでした。

一方、犬養は五年間で総理大臣にまで昇りつめ、憲法九条を改正するための国民投票を行おうとしていました。兄と同じく、犬養に対して懐疑的だった潤也は犬養について調べてある仮説にたどり着きます。それは、犬養の周りにも特殊な能力を持っている人がおり、おそらく兄の死にも特殊能力を持っている人間が関係しているというものでした。

この事実に気づいた潤也は、兄のように周りに流されずに行動を起こすことを決意します。それは自分の能力を使って競馬でお金を稼ぎ、人を救おうとするというものでした。

「魔王・呼吸」の登場人物

・安藤
「魔王」の主人公。会社員。交通事故で両親を失ってから、弟の潤也と二人で暮らしている。「考えろ」と呟きながら考察する癖があることから考察魔と呼ばれる。自分が思った事を相手に喋らせることができる『腹話術』の能力に気付き、犬養に接近を試みる。


・安藤潤也
安藤の弟。明るく、自分の考えを持ち芯の強い所がある。「呼吸」では詩織と結婚し、仙台に移住し猛禽類の調査をする仕事をしている。兄の死後、じゃんけんに負けなくなった事から「十分の一を引き当てる能力」に目覚める。

・詩織
潤也の恋人。「呼吸」は彼女の視点から描かれる。潤也と結婚し、ともに仙台に移住し、派遣社員として働いている。電気を消す音を聞くと、たとえ睡眠時であっても「消灯ですよ」と言う癖がある。

・犬養舜二
未来党の党首で国会議員。政治に興味のない若い世代など、人を引き付ける魅力を持つ。テレビの討論番組で、「五年で立て直す。無理だったら私の首をはねろ」という発言の旨をする。宮沢賢治の作品を愛読しており、その事からある人物に神曲を愛読していたムッソリーニとの共通点があると考察されている。「呼吸」では内閣総理大臣になっている。

・ドゥーチェのマスター
安藤が通うドゥーチェというバーのマスター。「魔王」の終盤で、特殊な能力を持っていることが発覚する。

魔王を読んだ感想

 伊坂幸太郎作品の特徴を僕なりに考えてみると、「癖がなく読みやすい文章」「伏線回収が上手くエンターテイメント性に優れる」といった二つが上げられると思います。しかし、本作「魔王」はエンターテイメント性に優れているとは一概には言えない作品になっています。

まず、作中では「ファシズム」や「憲法九条」なとの政治に関する話題が度々登場します。エンターテイメント小説としては、非常に重たいテーマであり、読む人を選ぶように思います。更に、本作は伊坂幸太郎氏が得意とする伏線回収はほとんど行われません。謎が謎のままに終わっていきますし、見ようによっては中途半端な終わり方です。

一番好きとか言いながら、お前ディスりまくってるじゃんって思うかもしれませんが、ちょっと待ってください。確かに「魔王」という作品は、エンターテイメント性に優れているとは言い難いですし、テーマも難しい小説です。

でも、それを差し置いても面白いと思える独特の空気感を纏っているのが「魔王」という小説です。この独特の空気感とは、言葉に出来ない気持ち悪さと言い換えても差し支えないと思います。作中では「犬養」という政治家が日本を変えようとしています。更に、国民の多くは「犬養」を信用し、支持していきます。これらの一連の光景は独裁者が成り上がり国を支配しようとしているように見えます。

勿論、これは主人公である「安藤」の考えすぎという可能性もあります。実際に国は良くなっているのかもしれません。しかし、どこか正義が暴走しているように見えるのです。実際に作中では反米感情が高まり、安藤の友人「アンダーソン」の家が燃やされる事件が起こります。安藤はこの出来事に気持ち悪さを感じますが、一方で「アメリカ人」の家だから燃やされても仕方ないと考える人もいました。

このような正義の暴走は、時代が変わろうとする時によく起きます。現実でも、流行している感染症のせいで、感染症患者をあぶりだすような暴走が見られました。もしかすると、「魔王」という作品に流れている空気感は「間違っているような気がするけれど、間違っていると言えない」というものかもしれません。

この違和感に対して安藤は危機感を覚えて行動を移しました。安藤の弟である潤也も、兄に共感を覚えて行動を始めました。二人とも、間違っていることをキチンと間違っていると言えるように動いたのです。

「自分が正しいと思ったことを貫くこと」

これが「魔王」という作品最大のメッセージです。周りに流されやすいといわれる日本では、足並みを乱す行為は尊重されません。自分の意見を無理に通せば、顰蹙を買ったり、批判されることがほとんどです。それでも、自分が正しいと思ったことを貫くことは、誰かを救うことにつながるかもしれません。

あなたは周りに流されずに自分の意見を言うことが出来ますか?

「魔王」はそんなことを考え直させてくれる作品かもしれません。興味のある方は是非手に取ってみて下さい。

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