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時を超えて知る、プロの振る舞い

「なんでおまえはそんなに自信ないんや」

就職して2年目。
異動してやってきた当時の所属長から私はよくこういわれていた。

そう、私は自信がなかった。

回り道を経てなんとか正職員としての採用を勝ち取り、やる気に満ち溢れて向かった配属先の部署では、直属の上司から日々存在を否定され、怒鳴られまくっていた。
今でいえばパワハラと言われる言動である。
直属の上司が私にそのような態度をとるのには、私個人への恨みや不満ではなく、複雑な事情があったようだが、私は毎日トイレに駆け込んでは泣いていたし、日に日に自信を無くしていった。

また当時、職場の同僚も、クライアントと呼ばれる人たちも、皆60代以上の人たちという特殊な環境で、私のような社会に出たばかりのひよっこが対等なコミュニケーションができる気がしなかった。

そこで身に着けた処世術が、
「何も分かりませんが、なんでもやります!!」
「一生懸命頑張るので教えてください!!」
という、頼りなさはあるものの、必死さをアピールするという、フレッシュさだけを武器にしたコミュニケーション戦術だったのだ。

もちろん、すべての業務に一生懸命全力で取り組むことだけは心がけた。
あまりに頼りない私を見かねてか、多くの人が助けてくれて、なんとかやってこられたと思う。

しかしそうした自信のなさは、あらゆる場面で透けて見えるようで、私は所属長に限らず、たまに会う別の部署の先輩からもよくへりくだりすぎた言動、頼りなさそうな振る舞いを指摘されていた。


そんな折、キャリア形成に関する研修の一環で所属長から私に、コメントをもらわなければならない場面が訪れた。

そこに綴られていたのは以下のような言葉であった。

人間の思考能力は、どんなに偉い人でも、我々庶民でも、そう大差ないように思う。
だから今後、専門職としてプロを目指すためには、物怖じせず、肝っ玉のすわった態度を身につけることが必要だと思います。
それには、仕事の基本を「現場主義」として、あらゆる失敗の経験をすることだと思います。

所属長は私に自信をつけさせようと、常に厳しくも温かい激励をしてくれていた。
にもかかわらず、私は所属長のその言葉が受け入れられなかった。

反発や反抗ではなく、自信がなさ過ぎたのだ。
「でも、全く知識も経験もない私が、周りの人と対等に渡り合えるわけがない」
「虚勢を張ったところで、見抜かれて厳しく指摘されるだけだ」

そのような思いと、その場の切り抜けやすさから、相変わらず、頼りなさを前面に出しつつ、必死さだけで周りに助けられるという安直なコミュニケーションのパターンを続けざるを得なかった。

その職場にはその後13年働くことになったが、どういうわけか、年下の後輩ができることもなく、部署の異動も何度かあったにも関わらず、常に一番年下だった。
それも助けて、常に自信がなく下手に出た振る舞いは続き、それが身についてしまった。


時を経て、私は転職した。
新たな職場では、クライアントとなる人は自分より若い人たちがほとんどだ。
転職して、これまでとは違う分野で働くこともあり、また私は、
「何も分からない」
「知識も経験もない」
という状態からのスタートだ。

当然長年身につけてきた、一生懸命さだけで乗り切ろうとするパターンが発動していた。

しかし、そのコミュニケーションは、前職の比べ物にならないほど、通用しなかった。
クライアントから
「あの人は頼りない」
「担当を変えて欲しい」
と言われることが増えたのである。

ショックだった。
自分なりに一生懸命やっているのに、拒絶されている気持ちだった。


しかし、よくよく考えてみれば、私の身につけたフレッシュさ頼りのコミュニケーションは、20代の若い頃や、年配の同僚やクライアントには、それなりに受け入れられたのかもしれない。

転職したとはいえど、私は既にキャリア14年の中堅職員で、クライアントは主に20~30代だ。
「何も分からないけど何でもします!頑張ります!」
と言われたら、
「この人本当に大丈夫?」
と不安になるに違いない。


そんなとき、書類を整理していて、10年以上前に所属長がくれたコメントの記された資料を発見した。

こんなコメントをもらったことは、すっかり忘れていた。

しかし、今こそこの言葉が身に染みた。

知識や経験がなくても、一生懸命頑張る。
その姿勢は間違いではないだろう。
しかし、それだけでは、プロとは言えない。

プロを目指すならば、それだけではなく、知識を使って技術を提供したり、堂々とした振る舞いが求められるのだということが、時を経て理解できた。

所属長は、就職して2年目だった私に、
「今はそれでいいかも知れない。けど今後キャリアを重ねていく中で、そのままではいけない。しっかりプロとしての振る舞いを身に付けていきなさい」
と、ずっと先のことまで見据えて指導してくれていたのだ。

また、
「虚勢を張ったところで見抜かれる。指摘されるのが怖い」
といった、自分の逃げ口実もしっかり見抜いていたのかもしれない。

だからこそ、「現場で沢山失敗するんだよ。失敗を恐れて何もしないことが一番いけないことなんだ」と、付け加えてくれていたのだ。

私は、所属長からのコメントの紙を抜き出し、手帳に挟んだ。
今私は、10年以上前の所属長のコメントを指針に、日々試行錯誤している。

まだまだ満足のいく振る舞いはできないし、自信のなさも相変わらずだ。
しかし、プロとしてそれではいけないと思った。
最近、頼りないといわれることは、少しずつ減ってきている。
いまさらながら、当時の所属長のすごさを実感するとともに、本当に私の本質を見抜いて指導してくれていたのだと実感し、感謝でいっぱいだ。


その場限りの優しい励ましではなく、部下の将来的な成長を見据えた助言をすること。
それが部下の職業人生を支えるテーマとなることもある。
人材育成の神髄を、私は当時の上司から教わった。










#心に残る上司の言葉

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