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短編小説 耳栓 ③最終回(1312文字)

私は伊藤不動産の社長の勧めで駅と反対方向のアパートを借りる事に成りました。今度は一階にしました。しかしこの時私は心に重大なキズを負っている事に気付いていませんでした。
社会人一日目、上京早々に、包丁で脅された話は、ネタとして会社の上司先輩へのつかみとしては、成功しました。
回りにはおもしろい子が入って来た、ぐらいには思われていたと思います。
会社は活気があり、締め切りに追われるのが日常でした。
しかし、私の体が精神が本調子ではないのです。
特に酷いのは、音に敏感になった事です、大小にかかわらず突然の音に心臓が締め付けられる様な痛みを感じます。傍から見ればビックリした驚き方に見えると思います。その他ザワザワした音が苦手、自分で大声が出せない、夜は怖くて眠れない、アパートに帰るとテレビもパソコンも閉じて布団をかぶって時々流れる涙を抑え疲れ果てて眠る日々が続きました。
心療内科に通院して抗うつ剤や眠剤の服薬をしましたが、一時的に症状は改善はするのですがすぐ戻り、ひどくなると出勤前の時間になると下半身がしびれて、座り込む状態になり結局、会社は二カ月持たずに退職しました。
医師には実家に帰ることを勧められますが、心配をかけたくない気持ちと惨めな敗北者になりたくない気持ちがあり、なかなか決断できない鬱々した日々が続きました。
そんな時僅か二カ月勤めた会社の仲間からメールが届きました。
<その後調子はどうですか。こんど会社の仲間でキャンプに行きます気分転換に一緒に行きませんか。>
私の身体も心も拒否していましたが、助けを求める私の理性が拒否を許しませんでした。
蓼科キャンプに参加する事にしました。
みんな楽しそうでしたが、私に取ってはキャンプ場の夜は静かでした。恐らく本当は仲間の声で賑やかだったと思いますが、何故か私には聴こえませんでした。
私はひとり静かな森の中で、焚き火を見つめていました。
揺れる炎を見つめながら、想いました、これだ、これしかない、私は静音の中で生きよう、と決心しました。
そう思うと気持ちが楽に成ってきました。久々に笑った気がしました。
東京に戻るとネットで探したA駅の近くにある耳栓専門店に行きました。
カラフルな、いろいろな素材、形状、用途の耳栓があり、私はアクセサリーのコレクションを選ぶように、顔を輝かせて、嬉々として見入りました。その日は安眠用のおしゃれな耳栓を三つ買いました。一つはドイツ製で三千円もしました。ついでに衝動買いで、工事現場で使う大箱の百個入りの耳栓も買ってしまいました。すごく楽しい店でした。この日から私は静音の世界に暮らすことに、成りました。
音を遮断してもコミニケーションは取れます、筆談、身振り手振り、それ程の不自由はありません。勿論声を失った分けではありません、声を使わない方が楽なのです、精神的に落ち着きます、座禅なんかに近いのかも知れません。部屋で出来るパソコンを使ったアルバイトも始めました。
実は最近付き合い始めた男性が居ます、耳栓専門店で、出会ったやさしい結構年上の男性です、彼の名字は沢田といいます。
                  終わり。
















音は自分に聴こえる程度で、でした。








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運田兵鉄
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