ゆきりーな

カルチャースクール講師。ゴスペルとボイストレーニング&大人ピアノ、小学生の作文を担当しています。月一回、辻堂の古民家カフェ 季楽で『うたごえ そよ風』の活動中。童謡、唱歌、世界の名曲、懐かしいヒット曲などを皆さんと一緒に歌っています。趣味は絵手紙を書くこと。

ゆきりーな

カルチャースクール講師。ゴスペルとボイストレーニング&大人ピアノ、小学生の作文を担当しています。月一回、辻堂の古民家カフェ 季楽で『うたごえ そよ風』の活動中。童謡、唱歌、世界の名曲、懐かしいヒット曲などを皆さんと一緒に歌っています。趣味は絵手紙を書くこと。

最近の記事

母と歌えば2024㉒

 実家に行ってしばらく経った頃、母が言った。 「あなた、その洋服とズボン、似合わないって知ってる?」 まぁね、知ってるよ。 でも、今日の気候にはちょうど良い。色褪せたジーンズにグレーのチュニックには、なんとも言えない違和感があるが、紺色の厚手のカーディガンを羽織れば、そんなに気にならない。薄いグレーのベレー帽を被ればなんとなくまとまる。 「白いズボンとか履いたら素敵よ。」 そうだろうけど、秋も相当深まって来た。白いズボンでは爽やかすぎる気がする。 「そんなことないわよ。今は一

    • 母と歌えば2024㉑

      「こんにちはー。」 誰もいない実家に鍵を開けて入った。母はすぐに、病院から戻ってきた。 「雨だから、お客さんいなくて、すぐ終わったわ。」 病院だから、お客さんじゃないでしょ?  長い長い夏がようやく終わったと思ったら、今日は冬のような寒さ。でも、昨日は暑かったから、季節に乗り切れず、半袖で歩いている人も見かける。明日は10月10日。母の誕生日だ。  「ケーキ買ってきたよ。」 母は決まって 「いいのにー。」 と言う。 「ケーキなんか食べるとブタになる。」と言ったりもする。母の今

      • 母と歌えば2024⑳

        「雨降ると良いな。」 発声練習の途中で、母が唐突に言った。 「あなたに傘をあげたいの。」 へ?母は二十年以上前に五本買った傘が、まだ二本ある、と言い出した。 「パパが事務所開いた時、来た人が傘持ってなかったら貸してあげる用に傘を五本買ってこいって言ったの。でも、女の人の傘だし、誰も借りて行く人がいなくて。」 母は見覚えのある二本の傘を私に見せた。それは良いけど、今、レッスン中だよ。 「ごめんなさい。思い出した時言わないと、忘れちゃうのよ。」 うん、それはまぁ、わかる。 そう言

        • 母と歌えば2024⑲

          「今日、あの人お誕生日だと思う。」 母は山形に住んでいる自分の弟の名を言った。 「え?じゃあ、電話かけてみようよ。」 「嫌だ。今日じゃないかもしれないもん。」 母には十人も兄弟姉妹がいたから、全員の誕生日を覚えていなくても、不思議ではないのだという。 「誕生日を覚えているのは、マキコ姉さんと、それからー」 母は二、三人兄弟の名前をあげ、誕生日がいつだったか教えてくれた。残念ながら、その人たちは既に鬼籍に入っている。 「この間、新庄すごい雨だったのね。」 数日前、山形県に極地的

          母と歌えば2024⑱

          今年の6月、親戚の人が三人もお空に行ってしまった。去年の11月にも父の妹が亡くなった。 「そう言う時期なのよ。」 実家のリビングでノンカフェインの紅茶を飲みながら、母はしみじみと言った。 「でもね、全然関係ないけどね、ダスキンで布団のクリーニング頼もうと思うの。高いだろうけど、私、まだ死なないと思うし。」 母はちょっとふざけた。そうよ。良いじゃない。ぜひ、夏の間に冬用の布団をクリーニングしておいてね。  父の兄弟は六人。 「去年の秋までみんな存命だったのに、もう二人も亡くなっ

          母と歌えば2024⑱

          母と歌えば2024⑰

          「虹のお国へ行くときはお土産下げていきましょか?」 母が 「こんな歌、知らない?」 と私に聞いてから、歌い始めた。しわがれたか細い声。でも、歌詞は聞き取れる。 「知らないなぁ。」 スマホで歌詞を検索しても、ヒットしない。母は一番を最後まで歌うことができた。母親を亡くした子供が、自分が亡くなる時のことを歌った歌らしい。  今年の六月、母の親戚の人が三人も亡くなった。最初に亡くなった姪の夫とは、面識がなかったらしい。そして、別の姪(米沢のヨーコちゃん)が亡くなり、悲しみながらも米

          母と歌えば2024⑰

          母と歌えば2024⑯

          「まだ勉強中?」 実家から帰ってきて約二時間後、母から電話がかかってきた。あいにく私はオンラインで作文教室の授業中。その時は母の声の重さが気になりつつも、電話を切った。 「ヨーコちゃん、亡くなったのよ。」 作文教室が終わって、母に電話をすると母は重たい声でそう言った。 「え?」 ヨーコちゃんは母の姉の娘。私にとってはずいぶん年上のいとこ。母にとっては、9歳年下の姪だった。元中学校の先生で、教科は英語と美術。ここ数年、病気なのは知っていた。でも、そんなにひどかったなんて。 「お

          母と歌えば2024⑯

          母と歌えば2024⑮

          母と大倉山まで出かけた。 「日差しが強いね。」 昨日の雨のせいで、空気中の浮遊物が地面に落ち、その分今日は紫外線が強くなると聞いた。母と私は駅の前の横断歩道を渡り、しばらく右に向かってまっすぐに歩いて行った。ピンク色の建物が保育園。その先を曲がったところに馴染みの洋服屋さんがある。  そのお店に行くのは、何回目だろう?もともとは母の知り合いのお宅で季節ごとにセールをしていたが、コロナのせいかそれがなくなり、お店にお邪魔するようになった。去年の秋から今年の3月くらいまで、母が体

          母と歌えば2024⑮

          母と歌えば2024⑭

          「今、どこにいるの?」 先週の木曜、母の抜糸の日だった。背中に粉瘤というものができ、良性だとはいえ、背中がゴロゴロして眠れない、と言い、前の週の月曜に外科で切開したのだ。  抜糸の予約時間は朝の9時。 「私はそんな早い時間には来られないので、もう少し遅い時間にできませんか?」 と、私は予約の際、病院の先生に言ったが、母はひとりで来るからいい、と言った。もちろん、大丈夫だろうけれど、母は耳が遠い。補聴器をしても、聞き取れない音もある。 「あんまりなんでも人に頼ると、一人で何もで

          母と歌えば2024⑭

          母と歌えば2024⑬

          「はい。」 バス通の道端でつんできたキバナコスモスを玄関先で渡すと、母は予想通りとても喜んだ。  今年の母の日、私は十九歳の息子に 「びーちゃん〔母の呼び名)ちにプレゼントを届けて。」 と頼んだ。花屋で花束を買って行ってもらおうかと思ったが、息子が 「オレ、花って一回も買ったことないんだけど。」 と言ったので、少しハードルを下げることにし、プレゼントは前日に私が買って来た。風景と野鳥のぬりえ。治るまでに数ヶ月かかったひどい風邪のあと、気力体力が戻らず、水彩画教室を休んでいる母

          母と歌えば2024⑬

          母と歌えば2024⑫

          「ピンポーン。」 その日は予定より早く、実家に着いた。マンションのドア越しに、室内でチャイムが鳴っているのが聞こえた。でも、母は出てこない。私は合鍵をバッグから取り出して、鍵穴に鍵を差し込んだが、鍵は回らない。 「あれ?」 この鍵じゃなかったのかな?ガタガタと鍵を動かしても、回る気配はない。母はおそらく室内にいるのだろう。きっと、まだ補聴器をつけていないだけだろう。そう思いながらも、少し心がざわついた。鍵が開かないなんて。母の携帯に電話をしてみたが、電話にも出ない。「おかけに

          母と歌えば2024⑫

          母と歌えば2024⑪

          「きのう、病院に行って、たくさん薬をもらって来ましたが、自分としてはたいへんよくなったと思います。」 母のところに行く日の前日のメール。母は去年の秋頃風邪をひいて、年が明けてもそれが完全には治らず、もともと細いのにさらに痩せてしまい、すぐにくたびれてしまうようだ。 「もう、水彩画の教室には行かないことにしようかと思うの。何時間も座って描くの、無理だから。」 何回かそんな話をして、休会している間に世話役だった人から手紙が届き、 「卒業します。」と書いてあったのだそうだ。 「もう

          母と歌えば2024⑪

          母と歌えば2024➉

           昨日はやたらと暑い日だった。4月半ばなのに、半袖でちょうど良いくらい。つい数日前まで寒くて困っていたから、まだ半袖は数えるほどしか出していない。私は慌てて洋服を引っ張り出して、五分袖くらいのトップスを探し出した。そんなことをしていたら、母との約束の時間に遅れてしまった。 「あの子も来るのよ。」 私が実家に着くと、母が言った。妹がランチの時間に来るらしい。  実は先週の日曜日、私と妹はニアミスしていた。フラダンスを習っている妹は12時から辻堂の駅前の野外ステージで踊ることにな

          母と歌えば2024➉

          母と歌えば2024⑨

           昨日の昼前、花散らしの雨風の中、母の家へ向かった。すれ違う人の中には、壊れたビニール傘を抱えている人が、二人。私は濡れることを覚悟して傘を閉じ、上着のフードを手探りで被ろうとしたが、どうもうまくいかない。  なんとかバスに乗り、降りて傘を開き、ほんの数分の道を歩く間に、大の大人が飛ばされそうになるほどの風。母の住む団地内の小道には、桜の花びらが敷き詰められたように落ちていた。さらにスロープの手すりや、自動ドアのガラスにも桜の花びらが貼りついている。  「あの人、亡くなったの

          母と歌えば2024⑨

          母と歌えば2024⑧

          今、小学校は春休み。私はオンラインで小学生の作文指導をしているが、そのお子さんのお母様から 「レッスンの時間を午前中にしてもらえませんか?」 と、ご連絡をいただいた。うーん、今日は午前11時に母のところへ行く約束だけど、どうしようかな? 母に時間を午後にしてもらえないか、と頼むと快諾してくれた。そんなわけで私は今日、お昼過ぎに母の家に行った。  いつものようにお昼ご飯を食べていると、不意に母のガラケーが鳴り出した。 「あ、キタバタケさんからだ。」 北畠さんは母の親友で、長く看

          母と歌えば2024⑧

          母と歌えば2024⑦

          「先週の土曜の朝に、突然あの子が来たのよ。」 熱戦の続く甲子園のテレビ中継を見ながら、母は行った。その日母は遊びに来た妹と近所に桜を見に行ったそうなのだが、一つも咲いていなかったのだそうだ。 「じゃあ、今日も探しに行こう。」 歌の練習をし、昼食を済ませ、食後のコーヒーを楽しんだ後、実家の周りで、桜の咲いていそうな場所に行ってみた。 道沿いにある幼稚園の園庭の桜の木を見上げていると、可愛い幼稚園児に 「こんにちわ。」 と、声をかけられた。 「こんにちわ。桜が咲いているかな?と思

          母と歌えば2024⑦