母と歌えば2024⑯

「まだ勉強中?」
実家から帰ってきて約二時間後、母から電話がかかってきた。あいにく私はオンラインで作文教室の授業中。その時は母の声の重さが気になりつつも、電話を切った。
「ヨーコちゃん、亡くなったのよ。」
作文教室が終わって、母に電話をすると母は重たい声でそう言った。
「え?」
ヨーコちゃんは母の姉の娘。私にとってはずいぶん年上のいとこ。母にとっては、9歳年下の姪だった。元中学校の先生で、教科は英語と美術。ここ数年、病気なのは知っていた。でも、そんなにひどかったなんて。
「お母さん、米沢に行く?」
ヨーコちゃんの家は山形県の米沢市。葬儀は当然米沢だろう。
「行きたいけど。」
母はだいぶ元気になったが、半年近く体調を崩していた。なんでも自分でできるし、耳が遠い以外は、あまり老いの感じられない人なので、つい大丈夫だと思ってしまうが、本人はまだ、体力の回復が充分ではないと思っているようだ。
「行って、迷惑をかけることになってもねー。」
そうね。
米沢の習慣では先に荼毘に付してから、葬儀を行うのだという。だから、最後にもう一度顔を見たい、と思ったら、大急ぎで米沢に向かわなくてはならない。しかもそれができるのはとても朝早い時間らしい。
「でも、お母さんが行きたいなら、私も一緒に行くから。」
もちろん、仕事はある。アルバイトもある。ライブの練習も、発表の予定も。だけど、母が米沢に行くというなら、全部キャンセルして一緒に行く。きっと、それが正しいはずだ。
母は一晩考えたい、と言って電話を切った。
 翌日、母と連絡が取れたのは昼頃だった。
「やっぱり、お香典だけ送る。どうやって送れば良いのかしら?」
お香典袋を現金書留で送って良いのかしら?と母は言ったが、もちろんそれで良いはずだ。私は家にあった香典袋と手紙を添えるための一筆箋を持ち、途中で郵便局に寄って、現金書留の袋を買って実家に持って行った。ネットで調べた例文を参考に手紙を書こうとすると母は
「そんな持って回った文章は嫌。普通に使うような言葉で書いて。」
と言った。難しいリクエスト。
「ヨーコちゃんが亡くなったと聞いてびっくりしています。」
まさか、いくらなんでもそれじゃダメだよ。私は母の言うことを少しだけ丁寧な言葉に変えて、手紙を書いた。
「…お香典を同封いたします。」
例文ではその後、相手を気遣う言葉が入っていたが、母は
「それで終わりでいいじゃない?」
と言った。まぁ、それならそれでも良いかもしれない。
 お香典袋に名前を書く。右が目上の人になるそうなので、右から母、私、妹の順。現金書留の袋にも、香典袋の中袋にも、住所や名前を書かなくてはいけない。
「私は字を書くのは嫌いじゃないのに、それでも疲れてくるね。」
「そうよ。私なんか三文字くらい書いたら、もう何か間違えてる。」
それは大変だ。母は飲んでいる薬のせいで手が震える、と言って字を書きたがらない。全てが整った時には午後四時を回っていた。
「郵便局、午後5時までだよね。」
私と母は一緒に郵便局に向かった。料金をお年玉切手シートで払うと、
「あと十二円です。」
と言われた。実家から郵便局までは歩いて五分とかからない。郵便局を出ると母は
「あなたが言ってたリュウゼツラン、あそこに咲いていたわよ。」
と言って、実家とは違う方向に歩き始めた。この辺りにリュウゼツランがある、と最近テレビで話題になっていたらしいが、何が珍しいのか実は私はわかっていない。母はしばらく歩いてから、
「ほら。」
と、道端の白い花を指さしたが、テレビで話題になっているものとは違う。私はスマホにそのテレビの画面が映っているところを見せて、
「これもその花だとは思うけど、テレビで紹介してたのは、もっと大きいみたいだよ。」
 と、伝えた。ぶらぶら歩いて、実家に帰り、飲みかけのコーヒーを飲んでいると、米沢に住んでいる別のいとこからメッセージが届いているのに気づいた。
「葬儀のことで連絡ください。」
電話をしてみると、母が来るのかどうか心配してくれていたようだ。行かれないことを伝えると、
「寂しい葬儀になりそうなので、おばちゃん(母)と、おじちゃん(母の弟)の名前で、花を出してくれないか?」
とのこと。そう言えば、去年の秋に父方の叔母が亡くなった時、葬儀に行った叔母の妹が「花もなければ、線香もなかった。」と悲しんでいたことがあった。ヨーコちゃん、気遣ってくれる人がいてよかったね。
 花を出す相談のため、私は母の代わりに母の弟に電話をした。
「今、お風呂に入ってます。」
私が名乗るとわかったようだが、奥さんの声ではなかった。娘さんが来てるのかな?
「こんな時間に?」
夕方五時前だったから、母は不思議そうに言ったが、年配の男性が夕方にお風呂に入るのは、私はなんだかとてもしっくり来るような気がした。
「夕食の前にひと風呂浴びて、ゆっくりビール飲んで、寝るんだよ。」
なんだか、昭和の風が吹いてくるような気がする。その後、叔父とも話すことができ、お花代を折半するために銀行の口座番号を聞いた。
「それで、どうするの?」
振り込めば良いんだけど、聞いたことのない銀行名。他行宛だときっと手数料高いよね。
「多分、私の郵便局の口座から、スマホで振り込むのが一番手数料は安いと思うけど。」
 私は母から代金を預かって、郵便局に向かった。今日、三度目の郵便局。窓口はもう閉まっていた。私が入金し終わると、ATMから
「本日の現金のお取り扱いは、まもなく終了します。」
というアナウンスが流れた。ギリギリセーフだったのか。
私は急いで実家に戻り、母の前でスマホで振り込みをやってみせた。
「手数料百六十五円だってー」
「はい。」
母は百六十五円くれた。
「本当にありがとう。自分で何もできなくて嫌になっちゃう。」
 そんなことないよ。ちゃんと銀行の窓口に行けば、できること。なのに、数年前、この団地には銀行がなくなってしまった。この辺りには高齢者が多い。だからこそ、サービスを充実させることが必要なのに。
 ヨーコちゃんには息子が二人いた。私と妹は彼らと歳が近かったら、従兄弟のように付き合っていた。でも、私が最後に二人に会ったのは、私の結婚式の時。もう二十五年前だ。
「自分のお母さんの葬儀だもの。来ないわけないわよねー。」
そうね。お葬式に行けば逢えるかも。
そう言えば、ヨーコちゃんの弟さんはどうしているだろう?彼は大学生の時、世界一周の旅をした強者。確か結婚して優秀な一男一女の父になったが、ある時点で「家族解散」を宣言したと聞いた。その後、どうしているんだろう?
 人生は深く、長い。

母が教えてくれたリュウゼツラン。テレビに出てたのとは違うなぁ。
昨日の昼ごはん。昨日は「緑のそよ風」を歌いました。
山形の親戚から実家に届いたさくらんぼ。凍らせて食べるのも、美味。

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