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【短編小説】グリム童話銀行

※「#毎週ショートショートnote」として書き始めたのに、2000文字近くなってしまった作品です。。。


毎日残業で、食事と言えば味気のないコンビニ弁当。
「これじゃまるで、グリム童話で虐げられていたシンデレラだ」
そう思いながら、夜道を歩いていると、ポツンと一つ光っている建物がある。それはグリム童話銀行のATM店舗だった。

とつぜん、記憶がよみがえる。
いつの記憶か定かではないが、私はグリム童話銀行に口座を開いた。
「預け入れるものは、グリム童話の二次創作作品。
引き出せるのは、グリム童話の話や自分、もしくは他人の二次創作作品」
口座開設時に担当してくれた人は、仮面のような笑顔でそう教えてくれた。

「せっかくだし、引き出してみよう」
なぜかわからないが、私のカバンにはグリム童話銀行のカードと通帳が入っていた。
引き出すのは、シンデレラが王子様と結婚をした後の1日。
残高は足りないが、そこはキャッシングで。

ATM店舗から出ると、すでに見慣れた街並みはなく、お城の中だった。
すぐに使用人たちが寄ってきて、荷物を持ってくれて、自室まで案内してくれた。
彼女たちはお風呂も手伝おうとしてくれたが、それはさすがにお断りした。
お風呂を出て、いい食事を食べ、ふかふかのベッドでぐっすり寝る。
あわただしい日常が遠い世界の出来事のようで、久々にぐっすりと寝られた。

翌朝も豪華なご飯を食べ、有り余る時間でお城の中を探索した。
私が通りすぎると、使用人たちがみんなお辞儀をする。
嬉しいような、気恥ずかしいような、くすぐったい気分だ。
やることがない、という贅沢な悩みを抱えながら、夜になった。
王子様と会うこともなく、今回のキャッシングは終わるのだろう。
またふかふかの布団で眠りに落ちる。

目が覚めると、グリム童話銀行ATMを使用した日の翌朝の土曜日だった。
一瞬夢かと思ったが、カバンからグリム童話銀行の通帳が覗いている。
キャッシングをしたのだから、返済をしなければならない。期限は明日中。
さっそく返済用の二次創作作品を作成しようとして・・・考え直した。
実際の銀行と違って、今後の生活に困るわけでもない。
恐い取り立てが来るわけでもない。
頑張って二次創作作品を作るより、今を遊びたい!
そうと決まれば、外出するに限る。
シンデレラの借り入れが良かったのか、最近ではめったにない調子のいい土曜日だった。

土日はたっぷり遊んだ。こんな楽しい休日は久々だった。
しかし、あと1時間でグリム童話銀行の返済締め切りだ。
大丈夫だろう、という気持ちと、やっぱりまずいんじゃないか、という気持ちがせめぎ合う。
二次創作作品を書こうと机に向かうが、元本と利息分の20000字の小説を書くのは楽ではない。
そうこうしているうちに、返済時間がやってきた。
ドキドキしながら時計を見ているが、返済時間を1分過ぎても何も変わった様子はない。
「よかった」
胸をなでおろし、目をつむって長い息を吐く。
次に目を開けたとき、そこは自分の部屋ではなかった。

目の前には、灰をかぶった幼い少女がいる。
そしてその少女を罵倒する年上の女性が二人。
私はシンデレラの意地悪な姉として、再びグリム童話の世界に引きずりこまれたようだ。
再び、忘れていたグリム童話銀行での記憶がよみがえる。
「キャッシング等をされて返済ができない場合は、自らが登場人物となって創作活動を行っていきます。その場合、当行の従業員の8割が満足する話であれば、現実世界に帰ることができます。当行が作る世界の中でどれだけ時間が経っても、怪我をしても、現実の世界の時間は進みませんし、体も傷つきません。当行の作る世界の中で死亡した場合は、ランダムで、当行が作る他の世界に転生し、創作活動を続けていただきます。ですから、安心して創作活動を行ってください。なお、当行の従業員は死ぬことがなく、痛みを感じることもありません。ですから、そういったもので苦しむ人を見ていると知的好奇心がくすぐられ、満足する人が多いようです。万が一返済できない場合は、そういったテーマを使うといいでしょう。ただし、当行の世界でも痛みは現実世界と同じだけ感じますので、くれぐれもご注意ください。過去にはそれでおかしくなってしまった人もいて…残念なことです」

まともな利息であれば、5分間の映像作品や20000字の小説でよかったのに、返済しなかったがために大変な世界へ飛ばされてしまった…。
このまま話が進めば、つま先かかかとを失うことになる。
私は必死で、グリム童話銀行の従業員が満足する話を考え始めた。

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