徳永純二
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昨夜、同窓会でかなり酔って宿に帰った晋吉は、「朝、入浴なさるなら風呂をたてますが」と訊ねられ、「じゃあ、八時半に」と返事をしたことをすっかり忘れていた。 目覚めて、ゆったり湯にでもつかりたいと考えたとき、枕元の電話が鳴って、「お湯の用意ができました」と若主人の声が伝えた。風呂うんぬんのかすかな記憶が呼びもどされた。なるほど、ネットで高評価されるほどの宿にちがいないとあらためて認識し、床の間に活けられた花や、壁にかけられた版画のさり気ない配置に目をやった。室内の空気が心地よ
ぼくは、いわゆる食通とまではいかないが、美味しいもの大好き人間です。 ただ、食材を自分で手に入れたという記憶はほとんどないし、手に入れようという意欲もあまりありません。 例えば、釣。ぼくの家は海に近いので、釣はそこそこ経験があり、大物を釣ったことだってあるんです。ただし、子供のころのことです。おとなになるにつれ、釣れない時間が何だかもったいない、なんて考えてしまうようになったのです。 キュウリだとか、キャベツだとか、カボチャだとか、の野菜作り。確かに採れたばかりのモノ
ぼくは、酒飲みです。 酒飲みにも、いろいろなタイプがいます。まあ。一人ひとり、ちがうと言っていい。 清酒派、焼酎派、ワイン派、洋酒派、……。 酒の肴も、日本料理、中華、イタリアン、……。 ワイワイ賑やか、しんみり、無言、……。 ぼくは、独り、燗酒を、手酌でチビチビがいいのですが、時には、気の合った(これが、必要条件)仲間、知人との酒宴もいいものです。 右も左も勝手にしゃべって飲んで、というより、みんなが同じ話題を語らいつつ、と言って、議論にはならず、友のいつもと
7月30日。いやあ、今日も暑い。暑い。 83歳になりました。 自分の生まれた日を知っている。生物界で人間だけですよね。 届け出た日が、誕生した日とちがう、なんてのは、昔はよくあったこと。だからって、どうってことないのだけど、気にする人がいますね。親が役所に行くのを、忙しくて忘れてた、なんてことを後で聞くと、自分がおろそかに扱われたとでも思うのか。その日が厄日だったので、大安に生まれたことにしようか、なんぞと考えた親がいたかもしれない。で、その人がいいことばかりの人生で
おそれおおいことでございますが、現在7冊目の本を出版すべく、作業中です。なになに書き下ろしたものではなく、長年地元新聞のコラムに書いた文章をまとめたものです。 1冊目から3冊目はエッセー集でした。こちらは書き下ろしたものです。いずれも退職後の、自分の身辺の、現在、過去、未来のよしなし事を綴ったものであります。 4,5冊目は、自由律句集。自作の自由律俳句に、つぶやきほどの小文をつけ、読み物風の句集にしました。 6冊目は、ぼくの属した同人誌に発表した小説のうち、十数編を
今回ぼくのドラマづくり細胞を刺激してくださったのは次の自由律句です。 なんというやけくそな雲だろう 磯﨑峰水 ぼくは、空や雲を見上げるのが大好きなのですが、磯﨑さんのこの句は、雲が「やけくそ」になっている、という表現が面白くて、ドラマが浮かんできました。 世界雲会議 徳永純二 「そろそろ会議を始めたいのだが、みんな集まってるかい。すじ雲さん、上層の雲さんたちはどうだい」 「ええ、うろこ雲、うす雲、それにすじ雲のぼくと、そろってます」 「中層の連中はどうかな
6月1日の朝日新聞の記事です。 「詐欺救済求め『だまされた』」「ロマンス詐欺」相談で非弁提携(弁護士法違反)の疑い」「1800人超から約9億円」 これが見出しです。「何のことやら」とチラッと目をやっただけでしたが、読み進めると、「えーっ!」「何と!」「ここまできたか!」と、思わずうなってしまいました。 記事の内容をかいつまんで。 今、話題の、「ロマンス詐欺」は、ご存知ですよね。SNSなどを通じ、恋愛感情を利用して金をだまし取る、という犯罪です。 警察庁によると、「ロ
1 「ヘルパーさん、帰ったよ。シーちゃん」 そう言いながら、階下から上がって来たタツオは、甚平とパンツをつつっと脱ぎ、無造作にベッドの足許に投げやった。そして、タオルケットをめくり、引き締まった体をシズカの脇に滑らせた。 「またまた、素っ裸になって。あとで、モリナガさんが来るんでしょう。恥ずかしいったらありゃしないわ」 「何をいまさら。それに、モリナガとは雇い手と雇い人というより、兄弟分のような間柄や。わしに不都合なことは、後継者候補のモリナガにとっても不都合なこ
ぼくとチチが、いま借りて住んでいる家には塀がない。どの温泉町でもそうなのだろうか、この別府では土地に余裕がある家が少ない。特に、細い路地に向かい合って建物が密集しているこのあたりでは、どこも狭い敷地いっぱいに建てられている。 小さいながらも造りのいい2階建て木造家屋なのだが、建物がそのまま外に向かって剥き出しな感じがするのは、ぼくにはとても気恥ずかしい。生活の場が、そのまま外の世界に続いていることに、ぼくは慣れていないのだ。これまでに住んだのはアパートで、それも、2階より
えっ! 余命? このままだと1年か2年だって? これって、だれに言ってるの? えっ! オレ? このオレ? お医者様の顔をうかがう。その視線は、たしかにぼくに向けられている。 ぼくが「余命」と言われても、医学のうえでは、ごくごく当然のことなのです。 経緯は、こうです。 元にあるのは、動脈硬化です。それに、忙しさと心づかいによる疲労が加わって、心身ともに飽和状態となり、心筋梗塞を発症したのは、41歳でした。 その後の人生は、心臓の冠状動脈に襲いかかる動脈硬化との闘
高校教師になって4年目の夏休みのことです。 その夏、学校ではキャンプが流行っていて、生徒たちの強い希望で、ぼくたち5,6人の若手教師が、クラスや部活動のキャンプを一手に引き受ける羽目になって。 ある教師が発案したのは、それぞれが違う場所でキャンプするのは、計画も実施も面倒だ、同じ場所へ行こう、しかも、公共の施設を借りることができれば省力化できるぞ、ということで、「なるほど、なるほど」と全員で納得。 「では、A島はどうだろう、定期船の便数も多いし、島の学校の前は広い砂浜が
それぞれに春の陽にくるまれて羅漢さま 老梅のくびれくびれよ 命の管よ 神様 もう盗まないで 残り少ない寿命ですから 言の葉に生きた証の濃淡あり 「ご破算に願いましては」とならないままに 枯れるまで反抗したかどくだみ茶 ぼくの道はひらがなばかり お変わりないですか あの約束は忘れません 達磨さんが転んだ ダークマターはどこじゃ
知人が大病で入院した、という。 その知人を共通して知っている人たちが、知人のことを話している。ともに、70代後半である。 「若い頃、スポーツ万能だった、あの人がねえ」 「5年ほど前に会ったとき、スポーツジムにも通っている、1日1万歩のウオーキングを欠かさない、と言っていたがねえ」 この会話をする二人は、今もほどほどに元気な人たちだ。普通の生活が、過去からこれまで、普通に継続している人たちだ。 彼らは、病気の苛酷さを知らない。 一夜にして、普通が逆転する老いの真相を知
今回の「俳句でドラマ」は、次の自由律俳句が題材です。 干涸びたみみずのさいごの抵抗 瀬崎峰永 「だから言ったじゃないか」 徳永純二 ぼくが今いる場所は、ある農家の庭の端っこの、土の上に直接置かれた植木鉢です。 植木鉢には結構大ぶりのカネノナルキが植わっていて、ぼくはその鉢の底に住んでいます。 ぼくは普段は無口で、話し下手なんです。でも、昨日とても悲しい出来事があって、誰かに聞いてもらいたくて、こうやってしゃべっています。 こういう事態になるのは予想できたので
死 相 ぼくの死相はまだ涅槃を知らないらしい 宇宙太陽系地球日本大字臼杵字死相 死相を変換 そこは永遠だった あの雲を千切って死相を作りたい 死相は「ぼく」と「生きる」の繋ぎ目か ぎょっとしたのは鏡の中の死相の方だった 「なんだか腹が減ったなあ」と死相が言ってるよ そーゆーのってぼくの死相らしくなーい ぼくの細胞のどこかに死相が寄生している 死相を保存パックに入れ拾得物として届けたい 死相の生年月日がぼくと同じだって 死相よゆっくり来いまだ時間は
本当のことは言わないは、昔も今も 村上春樹さんはエッセイを書くに当たって、時事的な話題には触れないことを原則にしているとか。ぼくもそう考えておるのですが、最近、ええっ、ということがあまりにも続くので、ついつい。 ここのところの政局は、自由民主党の、政治資金パーティーの、キックバック不記載の問題が中心です。 マスコミ報道や政治倫理審査会の答弁などを聞いていると、かねてから行われてきたものであり、慣例にそって事務局が処理したもので、従って、派閥の事務総長や役員の代議士