コラム 青トウガラシ
ぼくは、いわゆる食通とまではいかないが、美味しいもの大好き人間です。
ただ、食材を自分で手に入れたという記憶はほとんどないし、手に入れようという意欲もあまりありません。
例えば、釣。ぼくの家は海に近いので、釣はそこそこ経験があり、大物を釣ったことだってあるんです。ただし、子供のころのことです。おとなになるにつれ、釣れない時間が何だかもったいない、なんて考えてしまうようになったのです。
キュウリだとか、キャベツだとか、カボチャだとか、の野菜作り。確かに採れたばかりのモノは旨い、ってことは分かっているのですが、収穫までの1日1日を考えたら、とんでもないエネルギーと時間が必要なんですよね。
いずれも、ずぼらなぼくとの相性がよくないようです。
そんなぼくが、意欲的に取り組んだ野菜があるのです。
20年ほど前のことです。
青トウガラシ(タカノツメ)です。
なぜ?
柚子ゴショウを作ってみたかったのです。
ある友人にもらった自家製柚子ゴショウが、市販品とはまったく違った食味だったのです。視覚的にも、嗅覚的にも、味覚的にも申し分なし。これ以上はないほどのまろやかさ、まさに絶妙でした。
その、ある友人に作り方を聞くと、「なに、トウガラシの実を青いうちに摘むだろう、それと、柚子の皮を混ぜるだろう、そんで出来上がり。柚子が欲しいなら、ウチの庭にどっさり実るから、いつでも取りにくるがいい」というのです。
その時点で、ぼくの頭の中は、「よし。柚子ゴショウに挑戦!」モードになっていました。多めに作って、あの友人、この知人にも差し上げよう、なんてことまで考えていました。
早速、園芸店に行き、苗を2株購入。猫の額ほどの庭に植え替えました。
水やりをします。延びた側枝(というそうです)は2本だけ残し、主枝と合わせて3本仕立てに。化学肥料も忘れません。
ぐんぐん大きくなっていきます。やがてあちこちに実が。ワクワク感はぐんぐん高まります。
赤く色付く前に実を取り入れます。
青トウガラシといいますが、濃い緑色です。辛味成分カプサイシンの匂いがあたりに漂います。刺激的です。めくるめく辛さとうまさを感じます。
青トウガラシは、刻んで汁物や各種料理に使うと、得も言えぬ風味が楽しめます。中でも、青トウガラシ醤油は何にでも合い、最高です。
でも、ぼくの興味は、柚子ゴショウ。
ある友人宅に行き、柚子の実をいただきます。
テーブルに、洗って水気を拭き取った柚子と青トウガラシと、塩。
材料はこれだけです。
カミさんは柚子係り。ユズの青い皮をピーラーでむいていきます。白いワタにかからないようにと、慎重な表情です。その後、包丁でみじん切りに。
ぼくは青トウガラシ係り。包丁でヘタを取り、縦半分にし,スプーンで種を取り除きます。その後、これもみじん切りに。
ここで、すり鉢が登場。柚子とトウガラシのみじん切り全量に塩を加え、すりこ木で、トントントンと混ぜ合わせながらすりつぶしていきます。
簡単そうに書きましたが、ここまで結構な時間を要しました。
いい感じで出来あがりそうです。ちょっと一休みして、トイレに。
「グアーッ!」
男しかわからぬ辺りに焼けるような感触。
ヒリヒリ! 痛い! 熱い! 燃える!
何事ならん?
事情をのみ込むのに数分を要しました。つまり、ぼくの指は、カプサイシン・フィンガーに変貌していたのです。
どうしよう? どうしよう?
そうだ。とりあえず、シャワーでカプサイシンを洗い流そう。で、バスルームに直行。
しかし、しかし、水が当たった瞬間、被害はさらに拡大。
ウヒャ、ウヒャと足踏みをして気を紛らわすが、焼け○○○○に水状態(○○○○はご想像を)が続きます。
ヒリヒリ! 痛い! 熱い! 燃える!
目に涙が、にじむ……。しかし、待て! その手を絶対に目に近づけてはならぬ。
完全終息したのは翌朝でした。
もちろん、手洗いは入念に何度も行いましたが、その後数日は、カプサイシン・フィンガーは居続け、トイレは要注意の状態が続きました。
翌日、柚子ゴショウの作り方を教えてくれた、ある友人に電話し、わが身にふりかかった厄災を報告しました。
と、ある友人は言うのです。「ゴム手袋と種よけのゴーグルのこと、言ってなかったっけ? ヒヒヒ……」
完成間際だった柚子ゴショウを、完成させる意欲はなくなりましたが、でも、結構な出来で、幾つもの瓶に収まり、柚子と青トウガラシが仲よくなるまでの約1ヶ月間ねかせました。
もちろん、友人、知人には送りませんでした。
で、翌年も、青トウガラシを植えたか、って?
もちろん、NO、です。