見出し画像

黒白の叫び 伊藤計劃『虐殺器官』『ハーモニー』再読感想

以前のnoteのお休み期間中に、伊藤計劃さんの『虐殺器官』と『ハーモニー』の再読をしてました

2010年に発行された文庫版

それぞれの再読感想を並べますが、作品についてのあらすじや作者の伊藤計劃氏についての解説はほとんど行っていません
また直接の表現はしてませんが、物語の結末に触れる内容になっているので、閲覧にはご注意ください


『虐殺器官』

12年ぶりくらいに再読
以前読んだ時は、主人公クラヴィスのナード感が物珍しいと思いつつ、特殊部隊に所属してる割にはメンタルの弱さというか幼さがある彼に苛つきながら読んだ記憶がある

改めて読んでその印象は変わらないものの、苛つくというよりは痛ましいと感じるようになっていた
彼はちゃんと自分の弱みに自覚的だし、その上で彼なりに生きようとしている 死で安寧を獲ようとはしていないところは好ましい
様々な場面で色んな名作映画の場面を連想したり例えたり、ボルヘスやカフカの著作を引き合いに出したりする映画&文学オタクっぽさ鼻につくな~とも以前は思ったが、初読時は自分がボルヘスもカフカも読んで無かったし映画を観る習慣もあまり無かったからピンと来なかったんだなと分かった 自分の力不足だった

また初読の時と違う感想として、クラヴィスは幼いというよりは、“孤児”なんだろうと思えた
親を失ったことへの心の処し方がずっと分からないままの子で、だからすごくいい感じによしよし
( *´д)/(´д`、)してくれる相手にのめり込んでしまう
彼の職業的倫理として、よしよしされるならそれを利用して情報を引き出すくらいの事すべきだけど、それはしないしできない 自分の心のケアで手一杯
クラヴィスは親を失ったいとけない子供だから、自分を肯定して優しくかけてほしい言葉をくれる女性にのめり込まないでいるなんて無理だ
彼女と話している場面でのこころが踊るような、けどそれを抑制もしている語りがしみじみ良かった
戦場の残虐さがどこか乾いた雰囲気で描写されているのは、彼が受けている調整のせいなのだろう

またこの作品の面白さとして、何といってもジョン・ポールの不気味な存在感が凄い 
そんな奴が世俗的で生々しい不倫をしていたっていう隙もある造形なのも心憎い、無機質な存在ではないことがいい

ナード感あるクラヴィスが最後に選んでやったことは、かつては(何してんだこいつ、彼女が生きていれば絶対そんなことせんだろうに)と腹が立ったのだが、でも、この結末は完璧に美しいとも思う
美しいと感じてエンタメとして読める、まさに作中で言われている、空調が効いた部屋でAmazonで届いた本と買ってきたドミノ・ピザを楽しみながらそれができる
だから己と彼がひとつになったようなあの結末は、凄まじいし安らぎも共に感じる、やっぱり恐ろしく面白い作品でした


『ハーモニー』

何回目かの再読
初めて読んだ時は、トァンのミァハへの傾倒や執着心、3人の少女たちの死にたがりの心にひっそりと共感して読んでいた気がする あとミァハの語りにもちゃんと魅了されていた
改めて読むとあの子達はどんな社会で生きようとも死にたがりのこころ、希死念慮ってやつを持ったのではないかと思えてきた
ミァハは死にたがってたけどひとりで毒ガスを作って孤独なテロリストとして死のうとはしなかった、友だちや同志を欲していたのだから、そこから生きることへシフトする可能性だってあったのではないか
いや、そうなるかも知れない心もまるごと全てを、彼女は唾棄していたのかも知れないけど
トァンはミァハへの執着心と後悔と、諦念をいっぱいにして生きてきて、今度こそ一緒に死ぬのかと思ったけど、あの選択は一緒に死ぬよりもミァハの想いを汲んで殉じたのだと感じている すごく好きな結末の物語

とは言え、以前は『虐殺器官』派か『ハーモニー』派かと聞かれたら後者だったのが現在は拮抗しています
トァンは実はすごく図太いし自分のやりたいことを終始やり遂げていたように読める
いっぽう『虐殺器官』のクラヴィスの悲しさやいたいけさに寄り添いたい気持ちが沸いてきた
だから、今はどちらも愛おしい物語になりました
あと、自分が健康不安を感じる年代になると、『ハーモニー』の優れた医療システムが心から羨ましくなってしまう 身体のしんどさから解放されるならこの世界を心から幸福をもって受け入れてしまうだろう 以前はそんなこと思いもしなかった

あと伊藤計劃さんの“女性の一人称”が上手すぎるのが改めて素晴らしい
男性の作家さんで時折いらっしゃる、女性の視点の一人称が女性読者から見てとても好ましい作家さんは、他にも
冲方丁さん/『マルドゥック・スクランブル』や『月と日の后』や
北村薫さん/『空飛ぶ馬』『スキップ』などが思い浮かぶけど、伊藤計劃氏もほんとに素晴らしいです
だから、もっと、色んなお話を書いて頂きたかった

余談ですが、
女性の作家さんが書く男性の一人称の、男性読者から見て巧みな作品ってあるんだろうか? という事柄が以前から知りたいと思ってます
高村薫さんや栗本薫さんなどだろうか? あるいは宮部みゆきさん、小野不由美さん、上橋菜穂子さんかな

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集