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品行方正バーテンダー 584字

職業で人をひとくくりにするのは、やめてほしい。
規律を求められる警察官や教師の酒癖が悪いだとか、バーテンダーは女をとっかえひっかえするだとか。
まあ、タチの悪い酔いかたをするセンセイも一定数いるにはいるが。
深夜に働いているんだから、遊ぶヒマなどない。

***

「強いのください。ガツンとくるやつ」
道場破りの気迫で、ややこしい客がやってきた。
彼女は美容師で、職場でドロドロの恋愛沙汰に巻き込まれたらしい。
半月ほど前から、閉店間際に現れるようになった。

体調が気になるから、道哉は注文を無視して特製ドリンクをこしらえる。
「…バーで玉子酒って。おかんかよ」
「ほら。これ飲んでさっさと帰れ」
その日、彼女はなかなか言うことを聞かず、会計をしようとしなかった。
カウンターに突っ伏し、目を閉じたまま言う。

「道哉さんちに帰る」
道哉はため息を押し殺した。
「バーテンダーはやめとけ?」
彼女はゆっくりと顔を上げる。
「名越道哉は、特別」
「別」ではなく「特別」を使う、そのセンスは前から印象に残っていた。

***

お客さんと恋愛しない主義に引っかかるのかと、たずねられる。
ひびきは客じゃない。ダチの妹」
あまりに情緒のない言いぐさに、響はふっと声をもらして笑う。
「そういうとこいいかも。やっぱり」

実のところ、友情というブレーキは、とっくに効力を失いつつあった。
今日は、早く店を閉めるしかなさそうだ。

(おわり)


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藤家 秋
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