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おれを連れ出さないでくれ

おれを連れ出さないでくれ

何なんだ。
こいつは何を言っているのだ。

いや、そもそもどこを見て話しているんだ。
視線が妙にズレている。

思わず相手の視線の先を目で追う。

そこには、もう一人のおれが…

おれの隣にもう一人のおれ。

おれ。
おれがもう一人。
え、なに…
どういうことだ。
お前は誰だ。
誰なんだ。
いや、どう見てもおれだ。
いつも鏡で見るおれそのものだ。
じゃあ、このおれはなんだ。
今、こうして思考してい

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後悔してるね。あんた随分と後悔してる

後悔してるね。あんた随分と後悔してる

大きな宿題を抱えてしまった。
命運を左右する宿題だ。

そして、まもなく期限。

ちょうど一週間前の事だ。
突然、あの男に話しかけられたのは。

「後悔してるね。あんた随分と後悔してる。まあ、何に後悔してるのかなんて興味はないがね。解決してやることは出来るよ」

クソ、最悪だ。
こんな雨の中、こんな男にまでからまれる始末だ。
何が後悔してる、だ。
解決してやるだって。
冗談じゃない。
イライラが増

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風をいっぱいに集めたら

風をいっぱいに集めたら

電車待ちのホーム。

今日は、晴天なれど思いのほか風が強い。
着ているシャツが、パタパタとはためく。
バタバタといってもいいくらいだ。

電車到着までは、まだ時間があるようだ。
そこでおれは、目をつむり思考を飛ばしてみる。

目の前に広がるのは、広大な海だ。
ここは日本海か。
海風が容赦なくおれを洗う。
あいにくの曇空。
じきに一雨くるだろう。
人影も無く、猫の子一匹見当たらない。
ただただ、白浪

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人生とは、思いがけない場所に立っていることをいうのかもしれない

人生とは、思いがけない場所に立っていることをいうのかもしれない

緒 真坂さんに影響されて、書いてみました。

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窓からの日差で、布団がほんのりと暖かだ。
多分いつものように午後も遅いのだろう。
今日は小春日和ってやつだったようだな。
もぞもぞと足だけ出してみる。
部屋のすみ、カーペットの下の畳に目が行く。
「ダセェな」としみじみ思う。
パイプベッドがギジリと鳴っ

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雨にうたれ続ける車

雨にうたれ続ける車

舗装もされていない野ざらしの駐車場に、車を乱暴にとめた。
月極の看板が、だらしなく垂れさがっていような駐車場だった。
とめられれば、どこでもよかった。

それから二人は、もう2時間もそこに居る。
エンジンを止めた車の中で、だらしなく身体を横たえ、ただぼんやりと外を眺めていた。

シミシミシミトツトツツー

静まりかえった車内には、降るしきる雨の音だけがしんみりと響いている。

シミシミシミトツトツ

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見つめるシミ

見つめるシミ

あれはなんなんだ…

やたらと大きな真っ黒なシミ。
みんな気にならないのだろうか…
あんなに目立つのに。

ひ!中に何か居る!
いや、ありえない。あれはシミだ。
壁のシミの中に…
シミじゃなくて穴なのか…
いや、あれはどう見てもシミだ。
でも、中に何かの目が動いていた。
一瞬だったけど間違いない。

そして、周りの人間だ。
なぜこんなにも皆んな気にならないのだろう。
こんな大きな真っ黒なシミを、ま

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今こそ愛について答えよう

今こそ愛について答えよう

若かりし頃、恋愛は超難問だった。
モダンボーイなどと呼ばれてもいても、ウブな私には、理解の及ばぬ世界であった。

今は、というと、私なりにそのエッセンスを紐解き、自由をこの手にしたのだ。

その答えは「優しさ」である。

なんのことはない、自分にはその「優しさ」しか恋のカードを持ち合わせていなかっただけなのだが。
お金もなく、見た目もなく、才能もない私は、「優しさ」に縋ったといっていい。

どんな

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おぞましい箱 

おぞましい箱 

箱を見つけてしまった。

そうだ。忘れていた。
この箱の存在を。
いや、心のどこかでは知っていたのだ。

いつのことだったろう。
偶然にこの箱を見つけたのだ。
一見、なんの変哲もない箱…
なんの気なしに、その蓋を開けてみたのだ。
中には、何ともいえないおぞまいし光景が。
慌てて蓋をしたので、隅から隅まで見たわけではない。ただ、そこに蠢くおぞましいモノ達の残像は残っている。

二度と開くまいと誓い、

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あの先生にブルースを

あの先生にブルースを

小学生の頃、乱暴者の昭和な先生が、いた。

何かにつけ手をあげるのだ。

ただ、みんなから嫌われていたかといえば、そうでもない。
勉強ができなかったり、多少、問題行動があるような子供達からはむしろ好かれていたのではないだろうか。

因みにオレはといえば、よく叩かれた事もあってか、まったくもって好きではなかった。

そんなある日、友人の家の前で仲間数人と遊んでいた時のことである。
その先生が物陰から

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はじめまして、私のクリスマス

はじめまして、私のクリスマス

1958年の統計開始以来、2度目の雪が少ない12月らしい…
1度目はいつなんだろう。

美雪は、そんなことをボンヤリ考えながら、積雪ゼロの舗道を見つめた。

辺り一面が真っ白な雪に覆われた、キラキラと輝く朝に生まれたことから「美雪」と名付けたのだと両親から聞いた。

美雪は、雪の降り始めるこの時期が嫌いだった。
降っては解け、また降っては解けて行く雪の降り始めは、まるで自分自身も消えてしまいそうな

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夏も出会いも振り向きもせず

夏も出会いも振り向きもせず

今年の八月は、やけに足早に過ぎて行く。
まあ、どの月だって大した違いはないのだが。
ただ、いつも八月という月は、どこか物悲しいものだ。
久遠は、今にも降り出しそうな空を見上げ、静かに歩きだした。

長い連休が明け、やっと日常に戻りつつある街並みを、人の流れに逆らってゆっくりと喫煙スペースへと向かう。
お盆や里帰りとは無縁の久遠にとって、いつもの殺伐とした街の景色の方が、どこかしっくりとくる。

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タクシードライバーのブルース

タクシードライバーのブルース

「どちらになりますか」

「ありがとうございます」

「いや〜、ありがたいですよ。今日は人出も少なくて」

同業者でごった返した道路を、車は慎重に動き出した。

「車内の温度はいかがですか」

いや〜今日も暑かったですよね〜
こんな日は、みんな早目に帰っちゃうのか、ススキノはガラガラですよ。

そうなんですね… 実はね、私、こう見えて昔、会社をやってましてね。
えっ、そうそう、会社を経営してたんで

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コーヒーの湯気と雨

コーヒーの湯気と雨

「雨が降ってるのか…」
目覚めた時、なんとなくすぐに分かった。
だってかすかに、アスファルトが濡れている音が遠くで聞こえているから。

「朝から雨か」

今日が休日で良かった。
これが平日、これから仕事といった朝なら、きっとげんなりしたはずだ。
雨の日は、煩わしいことがやたら増える。
着て行く服になやみ。
履いて行く靴を気にかけ。
なにより、傘というまあまあの荷物が一つ増えるから。

「けっこう降

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鳥よ、おまえはどこで生きるのだ

鳥よ、おまえはどこで生きるのだ

「ここには何もない」

そのことを分かってから、もう随分と経つ。

この暗い洞窟に落とされて、長い月日が過ぎたのだ。
なぜ落とされたのかもよく覚えてはいない。落とされたのではなく、落ちたのだったか。それとも自ら入ったのか。
今ではそんな事も、どおでもよくなってしまった。

最初のうち、何もないこの洞窟でさえ、ちょっとした冒険に思えたりした。
おまけに、不思議と安らぎを感じる時さえあった。
しかし、

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