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夏も出会いも振り向きもせず

今年の八月は、やけに足早に過ぎて行く。
まあ、どの月だって大した違いはないのだが。
ただ、いつも八月という月は、どこか物悲しいものだ。
久遠は、今にも降り出しそうな空を見上げ、静かに歩きだした。

長い連休が明け、やっと日常に戻りつつある街並みを、人の流れに逆らってゆっくりと喫煙スペースへと向かう。
お盆や里帰りとは無縁の久遠にとって、いつもの殺伐とした街の景色の方が、どこかしっくりとくる。

東京からこっち、北の最大の街であるここ札幌。
その玄関口でもあるJR巨大複合施設の北側一角に、喫煙スペースはひっそりと追いやられていた。
ガラス越しに、夏の終わりを手招きするような厚い雲をぼんやりと見つめる。
朝のニュースでは、しきりに台風が近づいていることを知らせていた。

こんな日は、何をやっても上手くはいかないものだ。

「やれやれ、こりゃ荒れそうだな」

小さく呟き、久遠はタバコに火を付けた。
ポケットに片手を突っ込み、立ち昇る煙を目で追う。

フッと人影が近付いて来るのを感じ、目線を落とす。
この喫煙スペースにはおおよそ似つかわしくない女が、すぐそばまで近付いていた。
少したじろぐオレに向かって

「火を貸してくれます」

笑顔を向ける。

少し警戒する。
今時、見ず知らずの男に火を借りる女など、そういるもんじゃない気がしたのだ。
何かあるのか。
気づかれない程度に、周りを伺う。
ゆっくりとした動作で、ポケットからジッポーを取り出し火を点ける。
少し驚いたような表情を見せたあと口元を緩め、女の傾げた横顔がゆっくりと近付いてきた。
ショートヘアからの顎のラインが綺麗だ。
一瞬、ほんのりと甘く爽やかな香りに包まれる。
何の匂いなのかは見当もつかないが、好みの匂いであることは間違いない。

ノースリーブのロングワンピースから伸びた白い腕が、どこか艶かしい。

「チッ、何か嫌な予感がする」

心の中でそう呟く。

女はタバコをゆっくりと燻らす。
やけにその一本が長く感じた。
やっと吸い終わった女は、こちらに顔を向け少し微笑んだ。

そして、ふわりと翻り喫煙所を出て行った。
振り向きもせず去って行く後ろ姿を、久遠は少しの間、横目で追った。

やっぱりこんな日はろくなことがない…

久遠はもう一度、夏の終わりをガラス越しに見上げた。


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