![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/118850116/rectangle_large_type_2_748892c93f057cc386fc43662f41260c.png?width=1200)
揺さぶられる定食屋
下町にある定食屋。
ふらっと入った男性。
中に入るとレジの隣に、
年配の女性店員。
水とおしぼりを置き、
すぐに定位置に戻る。
(いらっしゃいませも言わないのかよ。
こういう店って味と愛想で、
やってかないといけないんじゃないの?
俺しか客いないし…
そんなんじゃ潰れるよ。
まあ、いいや。
何にしよう…時間がないから、
すぐ出てくるのが良いんだよなあ。
ランチ…ねえのかよ。
じゃあ、しょうがない。
生姜焼き定食だな。
うわ~偶然出てきたオヤジギャグ。
これ誰かに言ったら、
どんな顔するかなぁ…
おい!!
何だよ!
定員、めっちゃ睨んでんだけど!
え?!
漏れてた?
無意識に俺のオヤジギャグ?
まだ、睨んでるよ!
何で、客を睨むんだよ!
頼みにくいだろ…
って、ヤバい!時間!時間!)
「す、すいません!」
女性店員は睨んだまま、
こっちへ向かって来た。
「あ、あの生姜焼き定食をひとつ」
女性定員は復唱もせず、
そのまま厨房の方へ消えていった。
(愛想がない上に高圧的って…。
だからこんなに寂れた感じなのか。
あんなんじゃ、客も逃げるわ)
ドンッ!
目の前に女性定員が立っていた。
そして、また無言で定位置へ戻った。
(ビックリした~!!
え?!もうできたの?!
はやっ!!
尋常じゃない早さじゃん!
これ、ちゃんと作った?
作り置きじゃねえだろうな…
って、おい!!
これ、親子丼じゃねえか!!
いや待て…よく見ろ…。
もしかしたらこれが、
この店の生姜焼きなのかも…
って、そんなことあるか~!!
どう見ても鶏肉だよ!
しっかり卵でとじられてるよ!
しかも器はしっかり丼だよ!!
疑う余地もないよ!!)
「すいません!!」
女性定員が一息、
ため息付いてからやってきた。
「これ…頼んだものと…
違うんですけれど」
なぜか女性定員を、
刺激しないよう丁寧に言った。
すると…
「こっちの方が…あんたに合ってるよ」
そう言い残し、また定位置へと戻った。
(???
合ってる?
どういうこと?
俺の顔が親子丼顔ってこと?
親子丼を
食いたそうな顔をしてたってこと?
いやいや、そうじゃない!
おかしな思考になってる!
これは明らかにあっちのミス!
注文と違うんだから!)
「あの!すいません!」
ダルそうに女性定員がやって来た。
「これ頼んでません!
俺が頼んだのは生姜焼き定食!
合ってる合ってないの問題じゃなく!」
「ないよ…」
「は?」
「生姜焼き…ないよ」
「ええ~?!
生姜焼きないの?!
いや、メニューにあるじゃん!!
こ・こ・に!!」
「いらっしゃい」
ひとりの女性客が入ってきた。
(俺の時は挨拶もしなかったのに…
…いやいや待て待て!
何、勝手に接客してんだよ!
こっちが先だろ!)
「親子丼で」
(あの女性、常連?)
厨房へ消えていった女性定員。
(お~い!!
ここにあるよ、親子丼!
これ、温め直して出せよ!!)
消えたと思った女性定員が、
すぐに料理を持って戻ってきた。
「生姜焼き定食、お待ちどう」
(うおいっ!!
あるじゃねえか、生姜焼き!!
ていうか俺にそれを寄越せよ!!)
「あの…私、これ頼んでませんけど」
(だよね!
わかる!その気持ち!
なぜなら、経験済みだから)
「あんたには…これが似合うよ」
(誰にでも言うんかい!!)
「ちょっと!!
さっきから何なんだよ!
普通、客の注文通りに、
料理を提供するのが店ってもんだろ。
何で俺の頼んだ注文がそっちで、
彼女の注文したものがこっちに、
来てんだよ!」
「なかったんだよ…」
「はっ?!」
「さっきは豚肉がなかったんだよ…」
「はあ?」
「親子丼作ったら…
奥から豚肉が出てきたんだよ…」
「いやいや、俺はわかるとしても、
じゃあ、彼女へは親子丼作れよ!」
「一人分しかなかったんだよ…」
「どんな店だよ!
1日1食限定か!」
無表情だった、
女性定員の顔が急にニヤけた。
(なになに?!怖い!)
アゴで私に合図を送ってくる。
(??)
今度は指で女性客の方を差し、
親指と人差指をくるくる回す。
(彼女と?交換?)
いやらしい顔でイケよと、
言わんばかりの顔をしている。
(俺が行くの?
なに、その顔?
話しかけるチャンスってこと?
確かによく見ると、
パッと明るいイメージの、
可愛らしい人だけど…。
絶好の機会だから、
行けって言いたいの?)
女性定員は尖らせた口唇で、
もう一度、イケよと催促してきた。
「あの~」
「はい」
「よろしかったら、
僕のと交換しませんか。
実は僕は生姜焼き定食を、
頼んだんですけど、
親子丼が来てしまって…
あなたは親子丼を頼んだのに、
生姜焼きがきたみたいですから、
ここは交換してみたらどうかな~って」
「お断りします」
「へぇ?!」
「私、お店に入っていた時、
あなた、凄い剣幕で怒鳴ってましたよね?
私、見てました。
あなたの口から、
大量のツバが飛んでるところ」
「ええ!!」
「私、急ぐのでこのまま、
生姜焼き定食を頂きますので、結構です」
レジを振り返ると女性定員が…
腹を抱えて笑っていた。
(あいつーー!!
◯◯◯◯◯!!
あっ!ヤバい!!
もう、時間が!!
急がないと!!)
怒りと悲しみに任せ…
冷めた親子丼をかき込んだ。
(美味いじゃないか…
でも…ちょっとしょっぱいな…
なんでだろ…)
グスッ
親子丼を無理やり腹の中に押し込み、
大慌てでレジへと向かう。
すると…無表情の女性定員が呟いた。
「おにいちゃん…
お代はいいよ」
「あんた、何がしたいんだ!!」
このお話はフィクションです。
実在の人物・団体・商品とは一切関係ありません。
いいなと思ったら応援しよう!
![二月小雨](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/94047160/profile_683b421cb42460f6c6cce496bdab8e1e.jpg?width=600&crop=1:1,smart)