フィッシュストーリー ~ベンツ~
不思議な人がいる。
会社の上司。
この人は真面目な顔で、
おかしなな話をする。
しかもホントかウソか分からない、
ギリギリラインの話ばかりします。
ある日のことです。
休憩時間の喫煙所。
「よう、リカちゃん」
「あっ、どうも」
「今日も忙しいね」
「そうですね」
「でも今日頑張れば、
明日から連休じゃん」
「そうですね」
「紅葉狩りとか行かないの?」
「行きません…車持ってないので」
「若いのに勿体ない。
俺が最初に買った車、知ってる?」
「知りません」
「ベンツ!
俺、ベンツ乗ってたの!
しかも真っ黒で、
任侠映画に出てくるやつ」
「任侠映画って何ですか?」
「ヤクザの抗争とかを、
描いた映画だよ」
「初めて知りました」
「好きだったんだよ映画も車も。
だから買ったんだよ。
でも若かったからお金がなくて、
知り合いのツテで安く購入したら、
骨董品みたいなやつでさ」
「へえ~。
でも、すごいですね」
「外観はいいんだよ。
でもエンジンが調子悪かったり、
一番ひどかったのは、
助手席の扉が閉まらないだぜ。
ありえなくない?」
「じゃあ、どうしてたんですか?」
「そこが俺の凄いとこ。
扉の内装に取っ手があって、
そこに、紐くくりつけて引っ張ってた」
「曲芸ですね」
「ちょっと力を緩めると、
風でパカパカパカパカうるさいの」
「へえ~運転中、気になりますね」
「その車で凄いことあったんだよ。
街中を走ってたらさ、
急に目の前に車が割り込んできて、
ハザード出して止まれって、
合図してきたんだ」
「警察ですか?」
「違う違う。
俺もよく分かんないけど、
指示に従って車停めたの。
そしたら前の車から、
黒尽くめのまさにって人たちが、
ぞろぞろ怖い顔で迫ってきたんだ」
「任侠の人…」
「そう!
そして何て言ってきたと思う?!」
「さあ?」
「おい!
お前、どこの組のもんじゃ!!って。
ただのコンビニ店員にだよ?」
「車のせいですね?」
「そうなんだよ。
いや~本物に声を掛けられて、
ちょっと興奮した~…怖かったけど」
「で、どうしたんですか?」
「そのまま説明したよ。
コンビニ店員でお金がないから、
こんなボロボロのベンツ乗ってますって」
「そしたら?」
「気をつけろ!って言い残して、
行っちゃった。
でも映画みたいで格好良かった~」
「へえ~」
「そうそう。
その日は、
ばあちゃんを病院に連れて行かなきゃ、
いけなかったじゃん?」
「知りません」
「通院日だったのね。
その迎えに行く途中だったんだよ。
だから急いでばあちゃんを乗せて、
今度は病院へ向かったんだよ」
「はあ~」
「そしたら何が起きたと思う?」
「知りません」
「俺、助手席の扉の紐、
ばあちゃん乗ってるから、
すっかり忘れてたんだよね…
掴むの」
「そ、それで?」
「そしたら急にバーーン!って、
助手席の扉が開いて、
俺もばあちゃんもビックリ!!」
「え!?」
「そしたら助手席の扉が、
メキメキメキメキ…ガコン!って言って、
外れたんだよ!」
「ええ~!!」
「そしたらばあちゃんが、
その扉を掴もうとしたんだよ!」
「あぶない!」
「でも、やっぱり無理で、
扉を掴み損ねたんだけど、
ちょうど目の前で引っ張られる紐を、
ばあちゃんが掴んだの!」
「えええ!!」
「そしたらばあちゃん…
その掴んだ紐を、
ギアに結びつけたんだよ!」
「す、すごい!おばあちゃん!」
「そしたら今度は、
助手席側のタイヤが、
ガコン!って外れちゃって!」
「ええ~!!」
「車がガガガガって傾いて蛇行したら、
ばあちゃんバランス崩して、
外に放り出されちゃって!!」
「え゛え゛~!!」
「ばあちゃん!って叫んで、
助手席の方見たら、
ばあちゃん、体をま~るくして、
タイヤと一緒に、
コロコログルグル!って転がっててさ!」
「へ?!」
「あっという間に、
見えなくなったと思ったら、
さっき外れた扉で、
中央分離帯をウェイクサーフィンしてた」
「はあ~!?」
「うちのばあちゃん、凄いだろ?」
(そんなわけあるか!!)