お父さん、ハジメマシテ!
リビング。
「お父さん」
「……」
「お父さん!」
「おお~!
何だ、脅かすんじゃないよ。
iPad pro落っことしそうになったぞ」
「だってさっきから呼んでるのに、
全然、気付かないんだもん。
なに?動画見てたの?」
「イクヨの彼氏の出演作品を、
見てたんだ。
予習も兼ねてね」
「うれしい。
もしかして…緊張してる?」
「そんなことはないよ。
ただ、どんな人だろうって、
考えてたぐらいで」
「とっても良い人よ。
誠実で責任感が強くて、
それでいて、とっても優しいの」
「完璧だな。
そんなスーパースターみたいな人間、
この世にいたんだな」
「絶対、お父さんも気にいるはず」
「そうか。
それは楽しみだな」
パリーーーン!!
ガシャーーン!!
「おおっ!
な、な、なんだ?」
「トム~~♪」
「トム?」
「ハジメマシテ、お父さん。
トム・来栖デス。
お会いできて光栄の彼方です」
「君が娘の?!」
「そうよ、お父さん。
待ってたわ~トム~♪
今日も派手な登場ね。
興奮してきちゃう~♪」
(娘が…父親の隣で…興奮って…)
「待たせてソーリー。
来る途中、色々あってね」
「大丈夫。
きっと来てくれるって信じてたから」
「トムくん…怪我は?」
「大丈夫デス!
心はラスト・サムライなので!」
(侍魂と言いたかったのかな…
そして…ちょっと痛いのか…)
「ところで、トムくん。
何でまた庭から、
ガラスを割って飛び込んできたんだね?」
「お父さん、ソーリー。
ちょっと公にはできない、
事情がアリマシテ」
「トムは、
人に言えないような仕事をしてるの。
お父さん、察してよ!」
(人には言えない仕事…
父さん…察せないよ…)
「お父さん、安心して下さい。
ハイテマスヨ」
「何がかな?」
「あれ?おかしいデスネ。
これが日本で、
テッパンギャグだと聞いてきたんですが」
(それはテッパンではないよ…
もうただの海外リメイクだよ、トムくん)
「そうだ、トムくん。
あのバイクは…君のかな?」
「イエス!
日本のバイク、最高デス!」
「池に沈んでるようだけど」
「日本製ですから、
ノープロブレム!」
(私の錦鯉が、
ポップコーンのように跳ねてるねぇ…)
「あれは錦鯉デスネ!
日本の美!知ってマス!
ワビサビ学びました!
でも、この動きは真逆で、
アグレッシブですね!」
(君はまず詫びを覚えた方が、
いいかもしれないねぇ…)
「日本大好きデス!
娘さんは、もっと大好きデス!!
クダサ~イ!」
(近所の駄菓子屋かと思ったよ…)
「大好きだなんて…もうトム~♪」
「アイシテルって言葉が、
二人を強く結びつけるんだよ、イクヨ!」
(どっかで聴いたような…)
「ドウデスカ?お父さん!」
「……
…わ、私は二人が良ければ、
反対する理由などないよ」
「オ~トサン!
ありがと!コックンクラップ!
コマッスムニダ!」
(なぜ、三ヶ国語?日本語で充分なのに…
そしてなぜ日本語以外…敬語?)
「いいの?!
お父さん、ありがとう!
トム!挙式はいつにする?
私、平日ならいつでも大丈夫!」
(娘よ…お父さん…まだ仕事してるし…
親戚にも…)
ピピピピピッピッ
ピピピピピッピッ
「何だ、この音は?
…ん?私のiPad proから…」
「トトサン、すいません!
これは私への司令デス!」
ポーン!
【おはよう、トムくん。
今回の任務は◯◯製薬会社が、
開発したと言われる吐父丸という、
薬品についての黒い噂の調査だ。
細かい指示は追って連絡する。
直ちに製薬会社に向かってくれたまえ。
例によって君の身に何が起きても、
当局は一切感知しないからそのつもりで。
なおこの録音は自動的に消滅する。
成功を祈る…
あっ、あと婚約おめでとう。
以上だ】
ドォーン!!
「トドサン!
今の情報は、
アイズワイドシャットでお願いしマス!
じゃあ、イクヨ!
行ってクルヨ!」
「トム、あなたならできる!
夕食はいつものレストラン。
バニラ・スカイで。
そしてその後は例のBAR…
セル・ブロックで祝杯よ!」
「OK!
じゃあ、オットサン!
また、どこかで!」
「トム~!
そこまで送るわ~!」
(結婚式で会うことは…ないのかな…)
「オッサン!
車借りマ~ス!」
「いってらっしゃい!
愛してるわ~トム~♪」
ブロロロローー!!
キキッーーーー!!
ブウーーーーン!!
(……野分かなぁ…)