昔話なお宿 ~お部屋~
前回はこちら。
古めかしい老舗旅館に、
泊まりに来た男性。
宿の独特なサービスに、
戸惑うことばかり。
果たして今回は…。
お部屋の前。
「さあどうぞお客様」
「女将は…
サメ池を越えるのに、
何の躊躇いもないんですね」
「女将なので」
「答えになってないです…」
「こちらが本日ご利用頂く、
アカナメの間になります」
「アカナメ?」
「はい。
こちらのお部屋はなぜか、
掃除もしなくても綺麗なので、
こういう名前に」
「それいますね?
妖怪的な何か?」
「ルンバでもいるのかしら?」
「ルンバは妖怪ではないですよ」
「コップと湯呑がいつも綺麗で、
私共は大変助かっております」
「いや、そこは洗って下さい!」
「そうですか。
お客様がそうおっしゃるなら。
では、どうぞ中へ」
「すいませんが、
さっきのサメの池で、
やっぱり片足落ちてしまって…」
「あらあら、それは大変。
お召し物が濡れてますね。
ではこの反物でお拭き下さい」
「反物?
タオルで良いんですけど…
高そうだけど…まあいいか…
よし!
ありがとうございます」
「では、どうぞこちらへ」
「どれどれ。
うわ~部屋広~い!
それに、純和風で立派ですね!」
「はい。
当旅館で一番人気のお部屋でございます」
「ほんとに?!
サメの池越えの、
ハイリスクな部屋なのに?」
「はい」
「……わかった!
他のお部屋の方が、
もっと危険なんでしょ!」
「いえ。
他のお部屋は全て、本館にございます」
「なんで?!
なんで、みんなここ選ぶの?!」
「皆様、
スリルを求めておられるようで」
「これを楽しめる人間って…」
「では今、お茶をお淹れいたします」
「ありがとうございます。
女将さん自ら案内して頂いた上に、
お茶まで淹れてもらえるなんて」
「いえいえ。
このお部屋の予約がある日は、
みんな玄関に寄り付きませんので」
「みんな避けてますね、サメの池。
従業員さんにまで、
嫌がられてるじゃないですか」
「どうしてかしら~」
「聞いてます?」
「はい。粗茶ですがどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
「こちら当館オリジナルの、
和菓子になります。
よかったら、ご一緒に」
「どうも。
お団子ですか?」
「ええ、銘菓 泥団子です」
「泥団子?!
これ、中身は?」
「ドロです」
「ダメじゃないですか!
食べれませんよ!」
「いえ、それは食べれる泥です。
ピートをご存知ないのですか?」
「ピート?
すいません、初めて聞きます」
「ウイスキーで香り付けに、
使われてるんですけど」
「それは勉強不足で…。
でも、すいません。
今回は遠慮しておきます」
「そうですか。
ではお部屋のご説明をさせて頂きます。
この離れには、
客室がふたつございます。
この隣に、
もうひとつお部屋がございますが、
本日は宿泊される方はおりません。
そもそも二世帯家族が、
宿泊できるように造った離れでして」
「なるほど。
それで人気なのか。
この部屋が広いのは家族用だからか」
「ただ夜は決して、
隣の部屋を覗かぬようお願いします」
「そんな覗きませんよ」
「決してですよ。
特に隣の内風呂は」
「風呂なんて覗きません…って、
そっちに風呂あるんですか?!
さっき大浴場使えって、
言われましたけど。
それならそっちの部屋に、
変更して下さいよ」
「そっちの部屋は、
障子の張替え中でして」
「張替えって、
日をまたぐほどの作業でしたっけ?」
「業者の方がなかなか来なくて」
「徹底的に避けられてますね」
「どうしてかしら~」
「女将が人の話を、
聞かないからだと思いますよ。
もう~こんなとんでも旅館とは、
思ってもみなかったよ…ズズッ
ん?!
何かこのお茶、
普通のお茶とは違いますね」
「お客様、おわかりですか?」
「ええ。
何というか深みというか、
苦味が強く、パンチの効いた…
ちょっと野性的な味で…」
「その通りなんです。
当館自慢の茶釜で、
沸かしたお湯を使ってますので、
野性味が出るんです」
「茶釜…野性味?
?…まさか!
ぶんぶく茶釜?!
これって、タヌキ汁?!」
「いえいえ。
そこまでではございません。
それに近しいものです」
「すいません。
茶菓子もお茶も遠慮しておきます」
つづく。