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徒を拾う(2)

わたしの幼少期の思い出を構成するもののほとんどが通学路にある。

どんぐりが降り、カブトムシの幼虫が這い、蛇の抜け殻が落ちていた。近所の男の子がBB弾を拾っていた。竹の鳴る音。つるつるの石と苔の坂道。

今でも鮮明に思い出せる風景。とても好きな路だった。と同時に思い出すのが山の虫や獣である。蚊には刺されるし、蛇はしょっちゅう見た。オオスズメバチが体をくの字に曲げてお尻を向けて追いかけてきたこともある。黒い制服を着て歩くのがいつも怖かった。

誰かにスズメバチに2回刺されると死ぬと聞き、幼心に植え付けられた恐怖がいまもなお残っていて、社会人になっても通学路でスズメバチに刺される夢をよく見ていた。いつも決まったシチュエーションの夢だった。スズメバチは視界の右から出てきて、頭上でカチカチ威嚇して、わたしに針を向ける。それに驚いて全速力で逃げる。ランドセルを背負ったわたしも、テストに向けて暗記中のわたしも、居酒屋に向かうわたしも、みんな同じようにあの通学路を走って逃げてきた。

ぱたりとその夢を見なくなったのはここ2年くらいのことで、変わったことといえば住む家くらいだろうか。山から遠のいたこと、ストレスが増えて別の夢を見るようになったこと、色々と思い当たる節はあるが、幼い頃から見ていた夢をついに見なくなることは、記憶を失ってしまうような怖さがある。

夢を見なくなったといえど、相変わらずスズメバチは苦手なので、気温が高くなると蜂用の殺虫剤を家の軒下に撒いておく。あれは飛ぶ蜂に直接かけなくても、巣作り予防の効果があるらしい。殺生は苦手なのでとても助かる。

スズメバチの話をしたので、今日は久しぶりに夢を見るかもしれない。目が覚めた時の、じわっとにじむ額の感覚を思い出して、期待というよりやはり恐怖の方が勝ってしまう。頭の中でスズメバチではない何かを想像しようとするが故に頭の隅にスズメバチがいる。

刺されて痛いと思ったか思わないかくらいのところで夢から覚めるその日を、少し期待している自分がいる。

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