【物語】二人称の愛(上) :カウンセリング【Session27】
※この作品は電子書籍(Amazon Kindle)で販売している内容を修正して、再編集してお届けしています。
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2016年(平成28年)02月03日(Wed)節分
今日は朝から奈美子のカウンセリングに備えるため、学は新宿にある自分のカウンセリングルームで何時もより早くから準備に取り掛かっていた。そして準備が終わるとカウンセリングルームに置いてあるアクアリウムの手入れをし、こころを落ち着かせていたのだ。
それは水槽の中の水草が、水によりゆらゆらと揺られ身体を任せるようなそんな感じで、学のこころと身体が調和して行くような感覚であった。そして奈美子との約束の時間が迫って来たのだ。約束の時間ちょうどに、奈美子は学のカウンセリングルームを訪れた。
奈美子:「こんにちは奈美子です。宜しくお願いします」
倉田学:「こんにちは倉田です。こちらこそ、宜しくお願いします。そう言えば奈美子さん、以前お会いしたことありますよねぇ?」
奈美子:「そんなこと無いと思いますけど」
倉田学:「そーいえば思い出した。七草粥の日、じゅん子さんのお店に来てましたよねぇ?」
しばらく奈美子は沈黙していたが、重い口を開き話し始めたのだ。
奈美子:「実は・・・。あの時、あの店に行きました。そしてその時、あなたに会ってます。その時のひとがあなただと言うことを、わたしも今日知りました」
倉田学:「やっぱりあの時に、会ったひとなんですね」
奈美子:「ええぇ、まあぁ」
倉田学:「それで、どういったことで今日は来られたんですか?」
奈美子:「実は先日、神戸市のとある場所に行きたかったのですが、近づくことが出来なかったんです」
倉田学:「何かその理由など、心当たりはないですか?」
奈美子:「実は昔、わたし神戸市に住んでいて大学を卒業する頃、震災にあったんです」
倉田学:「神戸市で震災と言うと、ひょっとして阪神・淡路大震災ですか?」
奈美子:「そう、忘れもしない21年前の1995年(平成7年)1月17日5時46分。あの時から、わたしの中の時計の針は止まったままなんです」
倉田学:「それはどう言う意味ですか?」
奈美子:「わたしの家族、あの震災の火事により失ったの。わたし達一家は神戸市 長田区の木造住宅密集地に住んでいて、それは真冬の早朝の出来事だったわ」
奈美子:「突き上げる物音で目が覚めると棚から物が降ってきて、そして間もなく火の海がわたし達一家を襲ったの。わたしは逃げるのに必死だった。そして気づいたら、あたり一面火の海に・・・。わたしは両親と妹を置いて、わたしだけ逃げたの。だからわたしはもうあそこには行けない」
倉田学:「そうすると、あなたはカウンセリングを受けてどうされたいのですか?」
奈美子:「わたしは今、あの場所の近くに行く必要があるの。だからカウンセリングで、あの場所に行けるようにして欲しいの」
倉田学:「ひとつ質問してもいいですか。どうしてあなたは、そこに行きたいのですか?」
奈美子:「それは教えられないわ。あなた凄腕の心理カウンセラーらしいじゃない。そんなこと詮索しないと、カウンセリングできないわけ?」
倉田学:「そんなことは無いけど・・・。お互いのラポール(信頼関係)が作れないとカウンセリングは成立しないから。理由を聴いておきたかったんです」
奈美子:「それで、わたしはカウンセリングを受ければ治るの?」
倉田学:「努力はするけど保証はできない。それにお互い隠しごとをしていると、その分ラポール(信頼関係)が作れないから難しくなるんだよね」
奈美子:「・・・・・・」
奈美子はしばらく考えた後、こう切り出した。
奈美子:「すいません。実はわたしは奈美子ではありません今日子です。本当のことを言います絶対に秘密にしてください。実はわたし探偵をしています。そしてどうしても神戸市 東灘区に行く必要があるんです」
倉田学:「あなたは探偵の仕事で、神戸市 東灘区に行く必要があるのですね?」
今日子:「ええぇ」
倉田学:「わかりました。わたしの仕事はあなたが神戸市 東灘区に行けるようになればいいと言うことですね?」
今日子:「はい」
こうして学は今日子との1回目の初回面接(インテーク面接)で、今日子の主訴を学は聴くことが出来たのであった。そして彼女をカウンセリングルームの外まで見送ると、今日子は身を消すかのように去って行った。
*
午前中のカウンセリングも終わり、学は昼食の時間に買ってきた弁当を食べながらテレビを観ていると、ニュースでは節分の場面が映し出され、神社で有名人やお相撲さんが集まったひと達に豆まきをする光景を観ることが出来た。そして午後からの彩とのカウンセリングに備えたのだった。何時ものように彩は、約束の時間より少し早く学のカウンセリングルームに訪れたのだ。
木下彩:「こんにちは倉田さん、今日は何の日かわかりますか?」
倉田学:「ひょっとして僕は、節分と答えればいいのかな」
木下彩:「なーんだ倉田さん、知ってたんだ」
倉田学:「お昼にテレビをつけたら、豆まきしてたから」
木下彩:「倉田さん。小さい頃、豆まきしてましたか?」
倉田学:「おじいちゃんと、おばあちゃんに教えて貰ったかなぁ」
木下彩:「倉田さんって、おじいちゃん、おばあちゃんっ子なんですね」
倉田学:「僕の両親は仲が悪くて、僕はお母さんの両親に育てられたから」
木下彩:「すいません、変なこと聴いちゃって」
倉田学:「別に隠すことでも無いからいいんだけど、ところで木下さんは小さい頃、豆まきしたの?」
木下彩:「わたしの両親、小さい頃仲が良くて。何時もお父さんが、鬼のお面かぶって鬼になってくれたの」
倉田学:「そーなんだ、いいお父さんだったんだね」
木下彩:「それでわたし、ひとりっ子だったから、お父さんはしゃいじゃって。隣の家から『うるさーい』って、言われたこともあるの」
倉田学:「そうなんだ。木下さん、昔声大きかった!?」
木下彩:「倉田さん、ひどーい」
倉田学:「冗談だよ」
木下彩:「倉田さんって、真顔で冗談言うから損しますよ」
倉田学:「僕は普通に、冗談言ってるつもりなんだけどなぁ」
こんなやり取りを学と彩はしながら、彩のカウンセリングが何時ものように始まった。この時、学は思ったのだ。彩の中のもうひとりの人格の綾瀬ひとみと彩が統合することで、今の彩ではなく別の人格のひとみに変容して行くことについて、学自身はどう思っているのか。
そして彩を目の前にして、そのことに対して自分に問い掛けてみたのだ。すると不思議なことに、学が今までに味わったことの無い感情が込み上げて来た。しかしその感情は、学にとって今までに経験したことがないもので、それが何を意味しているのかこの時わからなかったのだ。
しかし着実に、彩は変容を遂げて来ているのがわかった。それは彼女の表情が前よりも艶やかに感じられるようになって来たからだ。そしてこの時、彩は学のカウンセリングルームをにこやかな表情を浮かべて去って行ったのである。
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