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散文詩

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散文詩  『青空』

散文詩 『青空』

雨は降らない予報のはずだったが、あちこちで水たまりができて青空が光っている。暑さに耐えられずソーダ味のガリガリ君をコンビニで買ってきて、木陰でひと休みする。「もし」という言葉が日なたに飛びだすと熱で霧散するこの季節が嫌いだ。食べている途中にうっかり地面に落としてしまい、小さな水たまりになる。土の上の青い細かな泡には、にぎやかさと孤立が同時に浮かんでいるように思えた。わたしはあるネコをずっと探してい

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散文詩  『回る』

散文詩 『回る』

わたしたち、と言う、独楽のように回る、くるくると紐が巻かれて狂ってしまうわたしたち、未来がやって来るそう、上書きをつづけて、進んでゆくわたしたち、両手で握りしめたグラスは、あなたの手でフタをしてほしかった、遠心力で空にかえった水、そうして、いつか雨になる、傘を回す、遠吠えをする、はらはらとため息、おぼつかない吐息、やさしさ耳でまぐわって、しぶきがあがり、眼鏡はくもり、八月はすぎ、友だちをおそい、鉄

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散文詩  『春の壁』

散文詩 『春の壁』

メイメイと鳴いているのは春の壁だった。クリームからイエローのあいだの塗装色、希望は明るい影に溶けてしまった、ある適温無風の休日のことである。東京ばな奈を食べていたのは昨日、今日は光に目を細め団地の壁をながめている。ここは外のはずなのにだれもいない、かなしみもない、羽虫が手の甲を流れてきらめいている。マンホールの下から重い音が小さくひびいてくる。この街で自転車をこぐ人間には顔がない、それはそういう規

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散文詩  『走れきゃみさま』

散文詩 『走れきゃみさま』

きゃみさま、とさえずって十六、

今、たた、と走りぬけ岩の上、草、濡、指、かけぬける歳、ただ、空気がひやり心地よく、息をきらし、たた、きみにかけてゆくのがうれしくて季節になろうよ、おどりまわりとんだ、けれど、とどかない、銃声のような涙を撃って、まとわる風、うなじふれる汗、鉱石に似た黄昏、青緑なぜ、かけあがる坂、横ぎる木々、ふるさと、すすけた足、こがして黒く望み、還る、きみに会う、たた、どこに、ない

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散文詩  『水』

散文詩 『水』

 滝は垂直に立つでしょう。赤子がおそるおそる立ちあがるように、それは秘められた約束でしょう。

 縦にならぶ両眼から涙が落ちます。深い悲しみに貌(かお)は静物画のように固まります。ただただ、うごくのは生き物として流れる涙のせせらぎ。目尻からつたい、とどまらぬ流れはベッドに斑な池をつくるでしょう。感情は色とりどりの虫の姿をとっていますが、だれかが両手でたたき、つぶし、ころすのです。だれか、というのは

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