セレナ

お気楽な性格だった私が不妊治療を始め、かなりどん底まで気持ちが落ちました。勉強不足の劣等生状態で治療を始め、思いも寄らない出来事が次々と起こりました。初めてのイラストブログでド下手ですが、不妊治療のあれこれを、たまにブラックな感情も包み隠さず混ぜながら綴っていきたいと思います。

セレナ

お気楽な性格だった私が不妊治療を始め、かなりどん底まで気持ちが落ちました。勉強不足の劣等生状態で治療を始め、思いも寄らない出来事が次々と起こりました。初めてのイラストブログでド下手ですが、不妊治療のあれこれを、たまにブラックな感情も包み隠さず混ぜながら綴っていきたいと思います。

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  • 不妊治療 その他

    不妊治療での検査の様子や予想外の出来事、辛かった事、そしてダークになった感情などなど、治療以外の任活を巡る出来事を書きました。

  • 体外受精・顕微授精

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    人口授精での出来事を書きました。初めて知ったことだらけで、ハプニングも。

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最近の記事

自分の理想のクリニックに出会えた!?

少し、ご無沙汰しておりました。 再び不妊治療記録、再開します。 モーニンクリニックの説明会が始まりました。 説明会会場は、クリニックの上の階にあり、会場に入ってびっくり。 大会議室の広さで、説明会に来た夫婦も、軽く30組は居たと思います。もちろん、一人参加の人も数人。 資料もかなり厚みがあるものを渡され、説明会だけど、不妊治療に対しての勉強会も兼ねている感じでした。 そして始まり、スクリーンに映し出される映像と共に、院長の録音テープが流れました。 院長の話し方、

    • あの子を産む!そして次のクリニックへ

      ゴリラ先生の言葉に励まされ、愛犬桜の看病を、不妊治療と併行しながらも、最期まで出来る限り楽しくやり遂げようと決めました。”楽しく”そしたらきっと、愛犬にもその楽しさが伝わるはずだから。 それでも神様は、なーんにも叶えちゃくれなかったけど。 桜が亡くなる一週間くらい前に夢を見ました。それは、独身時代に、ずっと私を支えてくれていた先代の愛犬の子の夢でした。15歳で天国へ行ってしまったあの子の夢を今でも時々見ることがあるのです。でもなぜか、桜とその子が一緒に夢に出てきたことはあ

      • みんなおんなじところで

        前回の続きです。 4回目の移植周期は愛犬、桜の看病が重なり、かなり忙しい状況となってしまっていました。 桜は、日中は入院する時もあったのですが、症状が落ち着くと毎日注射だけを打ちにどうぶつ病院へ行き、あとは家で看病をすることになりました。 病気のため、ごはんの種類も変わり、食べさせなきゃいけないごはんの量もノルマがあったため、二時間おきくらいにごはんを食べさせて、私は自分の通院(しかもオタククリニックは、異常なくらい通院回数が多かったので2~3日おきくらいに通院しなけれ

        • ツンデレな獣医師さん

          あんまり治療していることを、周囲の人には話していなかったので、優しい言葉の方が少なかったってことは、以前にも書きましたが、その時に書いたミャンマー人のパグ・ウーさんに続いて、思いも寄らず、私を励ましてくれる言葉をかけてくれた人がいました。その人の話を書きます。 愛犬の桜が闘病中のことです。 毎日どうぶつ病院に通院をして、点滴を打ってもらうのが桜の日課でした。 いつもは違う先生が担当してくれていたのですが、その日は休みなのかいませんでした。よって、今まで一度も担当になって

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          心のダムが崩壊した

          不妊治療をしていて、もちろん結果が出ないことが一番辛いんだけど、それ以外でもたくさん辛い事があるけれど、何が一番私を追い詰めたかって、それは旦那の家族からの言葉。義理の父母、兄嫁から、代わる代わる言われた一生恨むだろうなって言葉が私は一番辛かったです。それは、今も進行形なんだけど。 またひとつ、私の不妊治療に陰性判定の数が増えて、そのたびに頭の中をぐるぐる回るのは、その言葉たちなのです。 そしてついに心の糸が切れた私は、シロー丸(旦那)の前で泣き叫びました。 もう、陰性

          心のダムが崩壊した

          今までで一番辛い判定日

          転院決定に抜けがらになるシロー丸(旦那)と、ショック過ぎて言葉にならない私は、どうすることもできず、院長の前で無言になってしまいました。 そんな空気を振り払うように院長が切り出しました。 もちろん、その言葉は、私を励ますためなんだってわかりました。 不妊治療を初めて、一番最初の判定。あの最低の酷さが、シロー丸の中にも私の中にもあって。 だからこそ、オタククリニックには色々と不信感は抱いてしまったけど、院長のちゃんと向き合って話をしてくれるスタイルはありがたかった。穏や

          今までで一番辛い判定日

          検査もしないのに薬だけ

          4回目の陰性判定を受け、ショックを受けながらも、転院なんだなと思う私。 それでも、まだこのオタククリニックの院長の元でなんとか治療を続けたいシロー丸(旦那)は、院長に切り出しました。 何か画期的な今までと違う方法や、ここのクリニックでは薬とか飲まない自然法でここまで来たから、次は何か薬を飲みながらとか、違う方法があればもしかしたらセレナも納得して、まだこのクリニックに留まるかもしれないと思ったようです。(だから、私は無麻酔採卵が辛いって言ってんのに、やっぱり男はわかってな

          検査もしないのに薬だけ

          4回目の判定日

          5ヵ月間のドクターストップによる不妊治療のストップ。そしてやっと再開を経て、期待大で臨んだ4回目の移植の判定日がやってきました。 この日も、シロー丸(旦那)が、一緒に来院して、判定結果を聞くことになりました。 もう今日、陽性が出なかったら、転院すると言う事は決めていたので、このオタククリニックに来るのももしかしたら最後になるかもしれません。 でも、シロー丸の中では、やっぱり院長信者の心は捨てられなかったらしく、なんとかここで陽性反応が出れば、一件落着なのにと思っていたよ

          4回目の判定日

          不妊治療再開、あっという間に元通り

          想像妊娠疑惑からの、実はとんでもない薬の副作用のせいだったことが判明し、すっかりドクターストップがかかっていましたが、5カ月後、甲状腺の病院の先生から治療再開のOKが出て、再び不妊治療へ戻ることになりました。 久しぶりに行ったオタククリニックでは、まぁまぁ患者さんがいたのにも関わらず、待ち時間ゼロ状態くらいの速さで呼ばれ、久々に院長の方の診察室へ呼ばれました。(手術糸がとれてしまい、謎の水事件の発生以来、ずっとラビ先生に回されていたので) この大変な状況は、最初に電話で説

          不妊治療再開、あっという間に元通り

          しぶといワンクリノンゲル

          オタククリニックで、移植前から判定日まで毎日使うように渡された膣薬、ワンクリノンゲルですが、この薬が厄介だったと言うか、びっくりしたことがありました。 それは、オタククリニックでの一回目の判定日から数日後のことでした。 普通に街歩きしている時に、なんだか違和感を感じたのです。 タンポンがうまく入らなかった時のような異物感がちょっとありました。(昔、使用してた事があったけど、今はもう全然使っていません。) その時は、時たま訪れる、子宮が収縮する時の痛みのようなものかなと

          しぶといワンクリノンゲル

          不妊治療はどれだけ女性の痛みが

          今度の甲状腺の病院は、アイアイ病院とは違って慎重に診てくれました。 おかげで体調もちょっとずつ元通りになってきて、体もまた楽になりました。 でも、強過ぎた薬で荒れてしまった数値は、また安定させるのも時間がかかるらしく、結局チラージンもまたいずれ飲まなくてはいけなくなると思うとの話でした。 甲状腺の数値上も、まだまだ不妊治療再開にOKは出せない数値らしく、相変わらず、治療はストップしたままでした。 とは言え、このドクターストップで自分自身に堂々と不妊治療を中断できる期間

          不妊治療はどれだけ女性の痛みが

          自分に必要な不妊治療が見えてきた

          想像もしてなかった色んなことが、自分に起き、だけどやっと自分にとっての不妊治療は、どんな事が必要なのかがこの辺りでようやく見えてきました。 まずは、採卵をどんな風にするか。 麻酔の採卵と無麻酔の採卵、両方経験して、つくづく私には無麻酔は無理だとわかりました。 ボー大病院の時の採卵、あれも全身麻酔と言うのかな。意識はばっちりあったけど、痛みは一切なかった。麻酔の種類まではわからないけど、あんな感じで、ひとまずしっかり麻酔をかけて痛みをなくして採卵してくれるクリニックが私に

          自分に必要な不妊治療が見えてきた

          転院をめぐる話し合い 結末

          一連の事件から、すっかりクリニックを信用できなくなり、転院に傾いていた私と、院長の信者状態の旦那。この不妊治療の転院をめぐる夫婦の話し合いは、数日続きました。 本当に、不妊治療劣等生の自分を思い知らされました。不妊治療のクリニックの見極めは、本当に凄く重要なんだと。 私は今まで、ボー大病院では、言われるがままに治療をし、転院の病院選びでは、家から近いって事と、シロー丸が薦めるからって理由で簡単にオタククリニックに決め、本当に自分の意思を持っていなかったことを反省しました。

          転院をめぐる話し合い 結末

          転院をめぐる旦那との言い合い

          自分の体がとんでもない状態になっていることを知り、今通っているオタククリニックがとんでもないクリニックなんだと気付き、まず思ったのは、転院しなきゃってことでした。 転院するには、また説明会に行って、たぶんボー大病院に紹介状をもらいに行き、また1から状態で面倒だけど、オタククリニックにいても良い結果は望める気がしません。 私は、ボー大病院では言われるがままに治療をし、勉強不足のままでした。そしてオタククリニックに転院することにした理由だって、家から近いって事と旦那が勧めるか

          転院をめぐる旦那との言い合い

          次々と移植の恐怖を知らされる

          翌日、ラッキー先生に紹介してもらった新しい甲状腺の病院、アース病院に行きました。 やっぱり、甲状腺の病院は凄く混んでいるけど、アイアイ病院に比べたらまだだいぶマシでした。 そしてアース先生が説明してくれたのは、だいたいラッキー先生が見解していたことと一緒でした。 私には、強過ぎる薬が処方されてたらしきこと、それから、甲状腺の薬は強いから、普通は飲み始めて半年くらいはこまめな経過観察のため、数週間置きくらいの通院が必要な事。何かあったら、すぐに相談した方がいいと言う事。

          次々と移植の恐怖を知らされる

          もうあの甲状腺の病院には行きたくない

          びっくりする結果と、私にとってはありがたい優しいラッキー先生の言葉にじーんとしながら、ラッキー先生が続けて言いました。 そりゃそうなのか。ラッキー医院で甲状腺まで診てもらえたらありがたいけど、ここは内科だし・・・ でも、私はもう二度とアイアイ病院には行きたくもなかったのです。 だって、こんな結果を聞いたらもう幻滅。 しかも前回行った時はあんなだったし、馬鹿にされた上、あの先生が出した薬でこんなことになっているんだし。もう信用できません。何か新しい薬を出されたところで、

          もうあの甲状腺の病院には行きたくない