【書評】山椒魚戦争
今回ご紹介する本はこちら。
カレル・チャペックは『長い長い郵便屋さんのお話』などの童話が知られていますが、こうした風刺的SF作品もいくつか書いています。「ロボット」という言葉の生みの親としても有名ですね。コロナ禍を予見したかのような戯曲『白い病』も話題になりました。
『山椒魚戦争』は「人間によって都合のいい労働力として利用されていた山椒魚たちが反逆して人類との戦争になる」というストーリーなのですが、SFによくある「人類と地球を守るため、エイリアンの侵略に立ち向かうヒーロー・ヒロイン」の話ではありません。
むしろ侵略者は人類のほうであり、私など途中から完全に「がんばれ山椒魚!」という気持ちになっていました。
またこの山椒魚たちは、人類が遺伝子操作やサイボーグ技術によって労働力化したわけではありません。たまたま「訓練すれば人間と同じことができる山椒魚」が発見されたという設定です。その意味ではロボットと違い、科学技術の問題ではないと言えます。
SFはサイエンスフィクションの略ですが、この小説は医学物理学生物学といった自然科学のサイエンスではなく、政治・経済・文化・教育といった社会科学のサイエンス、つまりソーシャル・サイエンス・フィクションなのです。
ネタバレになるので結末がどうなるかは書けませんが、人類の命運を左右するのもやはりそうした社会科学的要因のようです。
荒唐無稽な設定のように思われるかもしれませんが、作者チャペックはいかにもありそうなリアリティで山椒魚が労働力化されていく過程を描写し、人類の愚かさ身勝手さ欲深さを容赦なく暴き出していきます。
90年近く経った今でもこの作品が古臭く感じないのは、チャペックの先見性もさることながら、人類がこの頃からひとつもマシになっていないし、社会もまったく進歩していない、という暗い事実を突きつけるものでもあります。
『山椒魚戦争』は複数の出版社から出ていますが、この岩波文庫版は訳者による充実した訳注と解説付きです。