図書館のお仕事紹介(18)予算折衝
世の中のたいていのものと同じく、図書館も運営するにはお金が必要です。
ただ違うのは図書館には無料の原則というものがあり、どんなにがんばって入館者数や貸出冊数やレファレンス件数を増やしても、それで儲かるわけではありません。
(※館種によっては利用料を徴収するところもあります)
そこで、財源としての所属組織から予算を獲得する、というのが重要な仕事になります。
もちろん私のような下っ端が予算折衝に出るわけではなく、関わるとしてもせいぜい「予算折衝で提示する資料作成の補助」くらいのもので、あとは折衝に臨む職員さんの背中に「がんばって予算獲ってきてくださ~い」とお祈りするだけです。
(※その立場からのお話だとご理解ください。費目名や区分方法は説明上の一例で、実際は異なる場合があります)
図書館は何にお金がかかるのか
資料購入費
これが最大にして最重要な要素で、これがなかったらもう図書館としてやっていけません。
一方で財政難を理由に削減のターゲットになりやすいものでもあります。このご時世、資料購入費が潤沢にある、ということはめったにないでしょう。
本というものの特性として、新刊は定価が決まっており、安いものを探すというわけにはいきません。納入業者によっては図書館向けの割引が適用される場合もありますが、限度があります。
安くはならないけれど高くなることはあります。このところの円安で洋書の価格は高騰していますし、電子ジャーナルや学術誌も値上げに踏み切るところが多く、担当者の頭を痛めています。
予算が足りなければ、冊数を減らす、買うべきタイトルを諦める、ということにもつながります。とくに高額な本は「なぜ買うのか、本当に必要か、利用される見込みがあるのか」といったことが厳しく審議されるようになりました。
「図書館は予算を使い切るために無理して本を買ったりするの?」と聞かれたことがあります。たしかに書庫を整理していると、バブル期に受入したらしきむやみに豪華装幀で高額な大型本がぞろぞろ出てきて「予算消化目的だったんじゃ…」と思ったりしますが、最近ではそんな優雅なことはまずできません(ちなみにこの豪華本も今となっては貴重で、見栄えが良いので展示などに活用させてもらっています)。
人件費
これがいわゆる官製ワーキングプアの温床であり、上記のように本を安く買うのは難しいので、人件費をギリギリまで削る、という判断になりがちです。
正規職員を減らし、最低賃金すれすれで非正規司書を雇い、さらに勤務時間を絞りこむ、というわけです。図書館関係の求人を見ていると、図書館は月~土の9時~17時で開館しているにもかかわらず、なぜか「1日6時間・週3日」「18時~21時の夜間のみ」「土曜の午後のみ」みたいな募集があったりしますが、それ以外の時間が急にヒマになる図書館などありえないので、人件費抑制としか思えません。働く人からすれば「その収入でどうやって食べていけというのか」という話ですし、短時間で忙しく多くの業務をこなさねばならず、時間があればもっときめ細かなサービスができたはずのものを諦めることになり、悔しい思いをすることがあります。
また業務委託など直接雇用ではないスタッフは、人件費に含まれません。
業務委託費になります。
雇う側からすれば職員を削減して業務委託に切り替えれば見た目上、人件費削減に成功したように見えます。さらに人件費ではできないような柔軟な使い方ができます。例えば余った予算を使って年度末に発生した突発的な作業に人手を増やすことができます。業務委託のスタッフさんからしたら急に呼び出されたり、いつ自分の会社が入札に落ちて職場を替わるはめになるかわからず不安ではないかとも思うのですが、使う側はこの便利さに慣れてしまうとやめられない、という面があります。
(ただし業務委託が必ずしも悪いわけでもなく、会社によっては直接雇用の非正規司書より待遇が良く雇用形態も安定していたりするので、一概には言えないところです)
光熱費
図書館はたいてい広い建物なので、暖めるにも冷やすにもエネルギーがかかります。貴重書やマイクロフィルムの保管庫は温湿度を管理するため年中無休で空調が必要です。
開館時間を延長したりするのもまず問題になるのが光熱費で、誰もいない空間を暖める(冷やす)ために無駄にお金を使うことにならないか懸念されます。
私の経験でも、利用者からの要望に応えて夜間開館を拡大したものの、蓋を開けてみればほとんど誰も来なくて「使うって言ったじゃないの…」と裏切られた気持ちになったことがあります(まあ利用者からすれば要望を出したからと言って毎日夜に来館する義理はないので仕方ないですが)。しかも滞在人数ゼロなら打ち切る決断もしやすいですが、1人や2人はいて、しかも切実に必要としていたりするので、やめるのも難しいです。
事務経費
図書館も事務なので、普通のオフィス同様、作業用PCとか文房具とかコピー機とか通信費とかにお金がかかります。
最近は物価高騰でこの辺りも厳しくなっており、コピー用紙節約で裏紙を使えとか、インクカートリッジが消耗するのでやたらとカラーコピーするなとか、給茶機は廃止とか、涙ぐましい努力をしています。
施設管理費・設備費
ここにお金をかけると図書館が素敵化します。
高名な建築家によるデザインで、全面ガラス張り、吹き抜けや天窓、壁一面のディスプレイ本棚、緑あふれる庭、地元の工芸品を生かした木のぬくもりを感じる什器、おしゃれなシャンデリア、といったものはたしかに素敵です。
ただ私などは職業病で「素敵♡」と思うより先に「全面ガラス張りで断熱性や紫外線による資料の劣化は大丈夫なのか?清掃コストは?災害時のリスクは?壁一面の本棚ってどう見ても最上段は誰も手が届かないけどどうやって利用するの?面積のわりに資料収納スペースが少なくない?外壁に接した書架で周囲が土に囲まれた環境で、カビや害虫の侵入リスクは?箱にお金をかけたぶん人件費が削減されてない?あのコンシェルジュさんて司書なの?」といったことが心配になってしまいます。
(※もっとも最近は技術の進歩でおしゃれと機能性がある程度両立できる可能性もあり、一概にダメとも限らないですが)
現場の司書として求めたいものはまず書架・書庫の増設であり、適切な資料保存環境であり、それを利用につなげる能力のある人材の登用なのですが「当館は充実したコレクションを長期計画で収集・整理・保存・提供し、それができる有能な司書がいます!」というのでは一般市民へのアピールにはならず町おこしにもつながらないのでしょう。
また、図書館を素敵化すると「用もないのにダラダラしにくる人が増えてしまう」問題もあります。もちろん憩いの場としての図書館というのもひとつの大切な役割ですが、図書館員としては「入館者は多くいつも満席で、雑用はたくさんあるのに貸出冊数や相互利用の依頼件数やレファレンス件数は今ひとつ伸びない」となると「ここが図書館である必然性はあるのか」という疑念が湧いてしまうことも事実です。
とは言え、条件が許せば私も素敵な図書館で働いてみたいです…。
その他
ほかにも修理製本費とかいろいろありますが、最近需要が大きいのはデジタル化の予算です。
国立国会図書館でもやっていますが、貴重な資料をデジタル化してネット上で画像を見られるようにしたり。
大学などでは冊子体の研究紀要・論文をオンラインで読めるようにレポジトリで公開する事業も進んでいます。
それ以前に、古い図書館ではそもそもデータ登録が追い付いておらず、未整理の本が誰にも存在を知られず倉庫に眠っていたり、昔懐かしいカード目録でしか探せなかったりするので、これをデータ入力してOPACで検索できる状態にする必要があります(遡及データ登録と言います)。
予算折衝で争点となること
結局、予算を決める上の人は図書館の専門家ではないので、入館者数とか利用率とか貸出冊数とか、利用者アンケートだとか、対外的にわかりやすいデータを資料として提出することになります。
するとどうしても「こんな10年に1回くらいしか利用されない高額な専門書なんて無駄じゃないの?」とかいうことになりがちです。
私は「無駄な資料とは、図書館の存続中一度も利用されなかったものだけ。一度でも利用されたなら、それは無駄ではない」という言葉が好きです。
基本的に「人気のベストセラーで何百回も貸し出されボロボロになって廃棄された本」も「今すぐ利用される見込みはないけど百年後の利用者のために買っておく本」も等価だと考えています。
ある本を1人しか利用しなくても、その1人がそれをきっかけに世紀の大発見をしたり、傑作を書いたり、生きる希望を見出したりするかもしれません。
ただそれをわかってもらうのは難しいので、結果的に出てきた予算を見て「ここにこんな予算いらないよ!だったらこっちにもっと付けてくれたらいいのに」と思うこともありますが、現場の人間にはお祈りくらいしかできることはないですね…。