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編集者直伝!『今 敏 絵コンテ集』の楽しみ方入門
今 敏監督が46歳という若さで逝去されてから10余年。
今なお評価され続ける鬼才・今 敏監督のファンの中でも、今監督の絵コンテを「読んだ」ことがある方はまだまだ多くないかもしれません。
復刊ドットコムではこれまで、今監督が手がけた劇場作品4作の絵コンテを書籍化してきましたが、今夏刊行された『今 敏 絵コンテ集 妄想代理人/オハヨウ』で本シリーズは完結することになります。
今監督の絵コンテは、他監督と比べても非常に精緻で、映像クリエイターにとってお手本となるほどの完成度の高さを誇っています。しかし、普段あまり表に出ることのない絵コンテをじっくり見る機会は少ないもの。それゆえに、一般的には少し敷居が高いものに感じられるかもしれません。
かくいう筆者も絵コンテというものに触れたこと自体、今回が初めて。「とにかくすごい!」と、初心者丸出しの感想を抱きながら、こんな読み方で良いのかな…という不安めいた気持ちを感じていました。
そこで本記事では、そもそも絵コンテってなに?という疑問から、今監督の絵コンテが稀有であると言われる理由、そして、『今 敏 絵コンテ集』シリーズの楽しみ方まで、入門編としてご紹介します。
アドバイスをくれたのは、元アニメ専門誌の編集長で、本シリーズの編集を担当したO氏 。
身近なようで、実はあまり知らないアニメーション制作の裏側を垣間見ながら、今監督の絵コンテの見所を紐解いていきましょう!
絵コンテとは?
絵コンテとは、映像作品を制作するにあたり監督から各作業担当者への指示を伝えるために用意される、イラストによる資料のこと。全体の流れや、登場人物のセリフや動き、各カットのレイアウトに、タイムシートなどが書き込まれた、いわば映像作品の設計図と言えるものです。鉛筆でラフに描かれたイラストや走り書きのコメント、といったイメージをぼんやりと持っている方もいるのではないでしょうか。
実際、そのイメージは間違っているわけではありませんが、正確ではありません。
というのも、絵コンテに王道はなく、監督や映像作品のジャンルなどによってその表現は大きく異なるからです。
絵コンテに求められるのは、最終的に意図する形で映像を仕上げるための最低条件が記されていること。監督によってはラフに描く人もいれば、きっちり正確に描いていく人もいます。しかし、それは単に監督のスタイルによるものであり、絵コンテのレベルを決めるものではありません。
とはいえ、特にアニメーション作品ではキャラクターから背景まで、全てを人の手で描かなければならないため、絵コンテによる監督の指示は非常に重要な役割を担うのだとか。つまり、実写とは違い、草一本でも偶然映り込むということがないからこそ、描かれるべきものは的確に指示されなければならないのです。絵コンテは、制作過程での各作業担当者との意思疎通に大きな影響を及ぼし、それは作品の完成度にも繋がっていくのですね。
今 敏監督の絵コンテは何がすごい?
では、今 敏監督の絵コンテとはいったいどのようなもので、なぜ高い評価を得ているのでしょうか。
端的に表現するとすれば、今監督の絵コンテの特異な点は、非常に緻密に描かれ、出来上がった映像をいとも簡単に想起させるほどの完成度を持っているところにあります。作品を追うごとに精緻になっていった今監督の絵コンテは『パプリカ』で頂点を極め、その仕上がりはまるで完成された漫画のように読めるほどのものとなっているのです。
しかし、今監督自身は初めから完成度を高めようという意識はなかったそうで、インタビューでは次のように語っています。
印刷物として残るから完成度を高めるということも少しは考えましたし、最初に絵コンテを読む制作スタッフを面白がらせたいという気持ちもありましたが、基本的には「ここまで描いておけば後が楽になる」という、作業効率のために研ぎ澄ませてきたものです。
「今 敏インタビュー<夢>のイメージを確立する絵コンテの役割」より引用
今監督が作業効率を求めたのは、限られた時間で密度の濃い作品を生み出そうとしたから。この点について、『今 敏 絵コンテ集 PERFECT BLUE』には分かりやすい解説が収録されています。
今監督の最新作『パプリカ』の絵コンテを見ると、過去の作品以上に画が綿密に描き込まれていることに驚くだろう。
今監督は、『東京ゴッドファーザーズ』、『パプリカ』では、絵コンテの画をそのままレイアウトとして再利用するという方針を決め、それを前提に絵コンテの画を描いているのである。絵コンテ執筆には画像処理ソフトPhotoshopが導入されたこともあり、背景と人物は別レイヤーで描かれ、背景データをプリントアウトすればそれがレイアウトとして活用可能、というわけである。
おそらくこの部分こそ『パーフェクトブルー』の絵コンテとの最大の違いであろう。『パーフェクトブルー』の場合は、通常のアニメの制作工程通り、絵コンテをベースにアニメーターがレイアウトを起こすという手順がとられていた。だが、上がってきたレイアウトの中には、空間感やリアリティなどの面で物足りないものもあり、その修正に多くの労力が割かれることになった。このような事態を避けスムーズな進行を可能とするため、レイアウトで再利用できるような絵コンテが描かれるようになったのだ。これにより美術設定や小物の設定も同時に絵コンテの段階で決め込まれるようになった。(執筆:藤津亮太)
「『パーフェクトブルー』の〈語り口〉」より引用
各担当者とのすり合わせの時間を省き、監督自身の思い描くイメージを直接絵コンテに落とし込んでいく手法は非常に合理的で、納得のいくものです。
しかし、それは誰にでも真似できることではなく、むしろ、今監督が唯一無二の監督である所以はこの部分にあるといっても過言ではありません。
つまり、今監督は、通常絵コンテに求められる要素に加え、レイアウトや美術設定など、本来は別に専門の担当者を据えるような部分も自ら決めることができる高い技術と意志を備えていたのです。
アニメーションの監督となる以前は、漫画家、レイアウター、美術監督といったキャリアを積んできた今監督。そんな今監督だからこそなしえたスタイルが、結果的に非常に精緻で完成度の高い絵コンテへと帰結し、高い評価を得る独自性を獲得していったのです。
『今 敏 絵コンテ集』シリーズの楽しみ方
ここからは今 敏監督の絵コンテ集シリーズを実際に楽しむ時のヒントをお伝えしていきます!
どれから読む?
本シリーズは全部で5冊。初監督作の『PERFECT BLUE』から、『千年女優』、『東京ゴッドファーザーズ』、最後の劇場作品となる『パプリカ』までの各絵コンテ集に加え、制作時期としては『パプリカ』の前後に位置する、TVシリーズ『妄想代理人』、および遺作となる『オハヨウ』を収録した絵コンテ集をもって完結となります。
「5冊のうちのどれを選べばいいの? 全部読むべき?」という疑問を抱く方もいるかもしれませんね。特に好きな作品があれば、まずはその絵コンテ集を選ぶのが良いでしょう。ですが、もし悩んでしまったら、おすすめの選び方は2つ!
ひとつは、まずは今監督の最終形態である『パプリカ』の絵コンテ集を読み、そこから初期の作品へと遡っていく方法。今監督の絵コンテの特徴が最もよく表れている『パプリカ』を入り口に、そこに至るまでの道のりを探究していく、王道の楽しみ方です。
もうひとつは、『PERFECT BLUE』から、時代を追って順に読んでいく方法。クオリティの高さは初監督作から群を抜くものがありますが、時系列順に読んでいくと、そこからの目まぐるしい進化をより驚きを持って感じられるかもしれません。『パプリカ』に辿り着いた時、今監督の絵コンテが「精緻である」と言われる理由が自ずと理解できるに違いありません。
読み方のコツ
さて、次にご紹介するのは、絵コンテを十分に楽しむために押さえておきたい、3つの読み方のコツ。これから初めて絵コンテを読むという方や、読み方に自信がないという方も、これを知ればきっと、肩の力を抜いて楽しむことができるようになりますよ。
その1. 映像と突き合わせて読む
映像作品の設計図である絵コンテが、最終的にどのような映像として仕上がったのか?監督が意図した仕掛けを探すように読んでいくと、作品を鑑賞した際には気づかなかった細かな演出や設定が見えてくることがあります。
絵コンテ集をまずは一周し、次に作品を鑑賞して、もう一度絵コンテ集をめくる。
時間はかかりますが、今監督の作品をじっくり研究する時間も、絵コンテ集を手に取ることの醍醐味です。
その2. 他の監督との違いを感じてみる
今 敏監督の絵コンテの特徴をより感覚的に理解するために、他の監督による絵コンテと見比べてみるのもおすすめです。画としての完成度を高め、一つ一つ積み重ねていく今監督に対して、登場人物の動きを重視する監督や、物語を感情的に盛り上げていく監督など、絵コンテの描かれ方はさまざま。比較してみることで、監督が作品を演出する上で何を重視しているかがよく分かります。
その3. 「間取り図」を見るように、絵コンテを眺める
絵コンテを仔細に読み込んでいくのとは対極にある楽しみ方ですが、実は最も核心を突いたものかもしれません。家の「間取り図」を眺めるときを想像してみてください。空間や生活、人の息遣いのようなものがイメージとして膨らんできて、ただ眺めているだけで、なんとなくワクワクする気持ちが生まれてきたことはありませんか?
同じように、絵コンテから立ち上がる世界観に吸い込まれてみたり、制作の裏側に触れた喜びでニヤッとしてみたりと、眺めているだけで気持ちが満たされれば、それも立派な楽しみ方の一つです。
絵コンテ集を手に取る方は、すでにアニメーションや今監督の作品を人並み以上に愛しているはず。それぞれの興味や関心が自ずと、その人に合った楽しみ方へと導いてくれるに違いありません。
おわりに
今回、絵コンテの各カットの表現にまでは触れませんでしたが、各絵コンテ集に収録された解説では、カットに込められた意図や、的確に意図を伝える技術など、さまざまな角度での分析が紹介されています。
細かく理解していくには多少の予備知識が必要な部分もありますが、『今 敏 絵コンテ集』シリーズには、用語解説など、読者の探究心に寄り添うコンテンツも事欠きません。
ページを行ったり来たりしながら各カットの役割を確認するのは骨の折れる作業ですが、知れば知るほど、各カットが無駄なく、必要十分なボリュームで描かれていることが分かり、計算され尽くした映像制作への尊敬の念を抱かずにはいられないでしょう。
大量のコンテンツを浴びるように消費する昨今、あらためて制作にかけられた“手間”を感じてみることもまた、価値ある体験となるかもしれません。
■この記事を書いた人
Akari Miyama
元復刊ドットコム社員で、現在はフリーランスとして、社会の〈奥行き〉を〈奥ゆかしく〉伝えることをミッションとし、執筆・企画の両面から活動しています。いつか自分の言葉を本に乗せ、誰かの一生に寄り添う本を次の世代に送り出すことが夢。
https://okuyuki.info/