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【ショートショート】再利用

 佐藤君の目が虚ろだ。
 キーボードの上に手を置いているが、さきほどから指がぴくりとも動いていない。
「彼、どうかしたの」
 私は部下の高野君に聞いてみた。
「失恋したらしいですよ。大学時代から付き合っていた彼女に振られたって」
「それでか」
 佐藤君は抜け殻同然だった。
「そっとしておいてやろう」
 高野君はうなずいた。
「佐藤の仕事、オレがやっときます」
 佐藤君は17時になると急に背を反らせて席を立ち、
「オサキニシツレイシマス」
 とロボットのような口調で挨拶をした。
 私も一緒に会社を出る。
 佐藤君は駅の雑踏からすこし離れた場所にあるバーに入っていった。
 カウンターでハイボールを頼み、じっと誰かを待っている。
 ここが思い出の場所なのか。
 私はテーブル席につき、ウィスキーのダブルをゆっくり舐めた。
 佐藤君はチラチラ携帯の画面に目をやる。きっと既読スルーでもされているのだろう。だんだん動きがスローになり、顔は能面のようにひきつった。
 私は席を立ち、
「飲み過ぎるなよ」
 と言って、背中に手をあてた。
 案の定、空っぽだった。人間の形をした殻。こんなに若いのにもったいない。
 私は遠慮なく、なかに侵入した。
 背中から脳へとじんわり浸透していく。
 世界が違ってみえる。老眼よさようなら。
 私は背中に手を当てている初老の男をスツールに座らせると、会計を済ませて店の外に出た。
 まだ飲み足りない気分だ。自分の行きつけの店へと向かった。かつての上司のボトルを利用させてもらおう。

(了)

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