見出し画像

【ショートショート】言葉狩り

 ぼくとヨシカワはミステリ好きで、よく本の貸し借りをする。どっちかの家で一緒に本を読んだりもする。
「あーっ」
 とヨシカワが声をあげた。
「いちいち辞典を引くの、めんどくせー」
 ぼくも大きくうなずいた。
 学校の先生の持っている黒光りした立派な辞書は、やわらかくていかにもめくりやすそうだが、ぼくたちの辞書はそうではない。
 ぼくは昔から辞典を引くのが苦手だった。
 小説を読んでいて、わからない言葉に遭遇する。
 調べたい。でも、その暇があったら先へ進んでしまいたい。前後の文脈からだいたいの雰囲気はわかるから。
 わからない言葉を調べないまま飛ばすと、その言葉は辞典から消えて行く。
 だから、ぼくやヨシカワの辞典はスカスカだ。
 頭のなかとおんなじだ。
「辞書山に行くか」
「言葉狩りはひさしぶりだな」
 ぼくたちは頂上まで二時間はかかる辞書山に登った。
 辞書から消えた文字は、辞書の木に帰って行くという。
 ぼくらは木のまわりに散乱した枯れ葉を片っ端から読んでいった。
「あ、この言葉、知らねえ」
「これもだ」
 弁当を食べて休憩し、また葉っぱの文字を集めて、辞書に挟んでいく。やがて葉の言葉は辞書と融合する。
 ふだんからこつこつ辞書を引いていれば、こんな無駄なことはしなくても済むのだが。

(了)

目次

ここから先は

0字
このマガジンに含まれているショートショートは無料で読めます。

朗読用ショートショート

¥500 / 月 初月無料

平日にショートショートを1編ずつ追加していきます。無料です。ご支援いただける場合はご購読いただけると励みになります。 朗読会や音声配信サー…

新作旧作まとめて、毎日1編ずつ「朗読用ショートショート」マガジンに追加しています。朗読に使いたい方、どうぞよろしくお願いします。