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雨牛

 都心の某書店にて洋書コーナーの値引き本を物色していた柳岡は、隣接する展示スペースの品々にふと目がいき覗いてみる気になる。

 三人の工芸作家による合同展示会兼即売会だった。展示品にはいずれも値がついており、柳岡はとりわけ鉄を使ったオブジェが気に入ってその一角を何度も行きつ戻りつしては一つひとつ丹念に眺めた。抽象的な形状のモジュールもあれば、一輪挿しや鉢といった実用品もある。後者はじっさいに観葉植物の生けられたものもあり、ところどころ錆の浮いた感じがレンガを彷彿させる。赤錆を吹くものばかりでなく、鋳鉄もあれば、ステンレスもある。いずれも鉄。鉄の無骨さになずむと、硝子塊の赤や青やは清涼剤的アクセントにいかにも適った。氷塊を砕いたような荒削りの硝子がときおりくろがねのなかに埋め込まれている。あるいは鉄から掘り返されようとしている。それはときに魚の鱗だったり、吊り看板の縁取りだったり、楼閣の窓だったりした。硝子の色はとても淡いもので、眺めるうち戸外の雨と風とが思われた。テレビの天気予報がさかんに春の嵐といい募り、出がけに奇異に感じたのを柳岡は思い出していた。

「雨牛」と題されたオブジェがある。値札を見るなり、これなら手が届く、とまずは思ったのだから、どう品評したところで浅ましいことこの上ない。しかし生来の見栄坊だから、矯めつ眇めつして、山が見える、青田が見える、水牛の黒い背と、そこに羽を休める水鳥の白と、降りしきる雨を受けて燐光を発する……などともっともらしい想像をめぐらして、これが書斎の机上にあったならどんなに安穏だろうかと思いついたら、柳岡は欲しいような気にだんだんなってきた。

 背後に気配がして、振り向けば係りの老嬢、音もなくこちらへ近寄ってきて、パーソナルスペースなどお構いなし。
「どれも一点ものでございます。これなんかもやがて赤錆が浮いて、やがて赤い牛になるんでございます」
「それで飴牛あめうしですか」
「さぁ…ああ、ほんとだ、雨牛あめうしって書いてある。それとも雨牛あまうしかしら。本田さん、鉄の作家さん、いらっしゃる?」
 すると奥から男のしわぶき声が、飲み物買いに行ったよ、と答えた。
「作家さん、十分もしたら戻ると思うんです。ぜひ直接お話ししてみては」
「いえいえ、そんな」
 柳岡は当惑した。十年前に独立し、いまはほとんど新規のクライアントと接することもなく、こうして週末に都心に来るのはもちろん、電車に乗るのさえ難儀する身上である。知らない人間、それも工芸作家と話をするなど到底及びもつかない。踵を返しかかると、本田さんが例のしわぶき声をせいぜい張った。
「ああ、帰ってきた、帰ってきた。先生、帰ってきた」
「あら、まぁ、ジャストタイミング。作家さん、戻られたようです。いま呼んでまいりますから」
 こら、よせ、などといえるはずもなく、年寄り相手ではどうにも分が悪い。老嬢ときたら奥で、「お客さまがね、お話をぜひにもうかがいたいんですって」とかなんとかいってる。やめてよ、見てのとおり美術工芸とは無縁のズブの素人ですよ、パトロンに名乗りを上げるような御大尽ではもとよりございません、ほんと、やめて、ゆるして……と柳岡は心に叫んで逃げださんばかりでいたのが、腰をかがめるようにしていそいそと走り寄ってきたのは予想に反して小柄な女性だった。
「お待たせして申し訳ございません。マルエツでお茶を買っておりました」
 恥ずかしそうにいうのだった。物静かな印象のアルトボイスで、こんな雨の日にこそしっくりする。歳のころは柳岡とほぼ同じか、やや上と見える。いや、このごろは上と見える場合は、たいがい二、三下なのだ。茶のスエードのアームスリットのポンチョを羽織り、インナーは黒の七分袖のニット、下は焦茶のワイドパンツに緑のパンプス、頭に黒のニット帽を被り、耳元から緑青色に染められた髪が覗く。マスクをしているので相貌はわからない。
「そうだったんですね。なんだか、こちらこそ申し訳ありません」
「いえ、そうと知って急かされたわけではありませんから。こちらこそ、ほんと、お待たせしてしまって」
「いえいえ、そうじゃなく……」
 的確に物をいおうとして我ながらずいぶん間を取るようになったとこのごろ柳岡は思うのである。年齢的なものとは思いながら、反射神経の衰えゆえとは認めたがらない。より正確でありたいだけなのだ。ことばを選びあぐねていると、たいてい男も女も痺れを切らして彼に先回る。で、それが微妙に的を射ていない。そうじゃない、と逐一修正するのも億劫でやり過ごすうち、自身の面相のこわばるのが遅ればせに意識されることがままあった。とんだ悪相を剥いていたと周章てたところであとの祭り。
 ニット帽の工芸作家はしかし、こちらのいい淀みをおざなりにする人ではなかった。それが営業的な親切心とはわかっていながら、ことばの続きを待つその自然体に柳岡は虚をつかれる思いがした。
「……あの人たちがですね、無理に引き留めるものだから」
 柳岡は弁解していた。
「バイヤーとしてすごいんです。なかなかのやり手で」
 そういって工芸作家はくすくす笑った。三人展と書かれた葉書を手渡される。これが私ですとつと寄ってきて、こちらの手元を覗き込んで印字された自分の名を指差して自己紹介に代える。その屈託のなさにほだされたものか、柳岡は柳岡で反射的に名乗っていた。
「柳岡さんは、なにかお気に召したものがございまして」
「はあ。この牛のオブジェが……」
雨牛あまうしですね。ありがとうございます。この子、どこでもけっこう人気なんですよね」
 お安いですから……と念押しされたようで、どうにもいたたまれない。というか量産品なのか。さっき係りの老嬢はすべて一点ものだといわなかったか。……泳いだ目の先に風見鶏のオブジェがあり、垂り尾しだりおに嵌め込まれた色とりどりの硝子をいま初めて見るようにしてたどると、
「ダルガラスっていうんです。古い教会のステンドグラスに使われておりました。のちに技術が進歩して、薄手で硬くて色の濃いガラスに取って替わられましたけど」
 戦火の街の方々の瓦礫の山を分け入って、青や赤やの硝子の塊を掘り起こしては頭陀袋に入れていくニット帽の姿が、柳岡の脳裏をよぎった。元から炉を構えるような天井の高い廃工場をアトリエ兼住居にして、東洋人の女が一人、炉の火に顔を赤々と染めながら、鉄の飴のように溶け入るさまを厭かず眺めている。鉄槌を振るえば鉄火は鈴のように鳴き、都度火花を散らす。足元には赤や青や黄や緑の硝子塊が散らばり、女の背にした高窓越しに曇天が覗き、おりしもそこへ轟音を引き連れて二機の爆撃機がゆっくりとゆき過ぎる。
「ガラスも一から作るんですか」
「いえいえ、イタリアから取り寄せます。もっとも最近は、円安のせいでお高くなりまして、ちょっと大変で」
 ダルガラスは柳岡の脳中で dull glass(=鈍い硝子/つまらない硝子) とたちまち翻訳され、ハンマーかなにかで砕かれたばかりで形を整えるとか表面を磨くとかの処理を施されない無骨さが、いかにもその名に似つかわしいと感じられた。ヨーロッパでは使われなくなって久しい文化の遺物が、海を渡りこうして世界の東の涯てでアートとして蘇るという物語には、やはり心動かされずにはいられないし微力ながら応援したい気にもなってくる。しかし雨牛に比して、眼前の鶏につけられた値段は、おいそれと安サラリーマンが身銭を切れるそれではなかった。ううむこれは……と長考に入ろうものならすでにして向こうの術中に落ちているわけで、なるほど、だからこそ作家当人と直接話せ話せと老嬢はしつこく勧めたものだったかと柳岡は得心するのでもある。



 宵の口に柳岡は帰宅した。妻子に土産を渡してから、ちょっと面白いものを買ってみたといって食卓の上で梱包を解いた。
「ふうん、かわいいね」
「すてきだね」
 家人らは通り一遍の称賛をする。幾らだったなどとは金輪際訊かない。骨董品や美術品を買うなどは、柳岡の生まれて初めてすることだった。しかしどうにも物足りない。家の雰囲気にまずそぐわないと感じられるのだ。そうなると造作のアラも少なからず目についた。書斎の机に置き直しても、しっくりくる角度がどうにも見出せなかった。作品に対してなんだか申し訳なくなってくる。

「お義父さんから電話がありました」
 夕飯のあと、子どもたちが銘々部屋に引き下がったのを機に妻が切り出した。
「もう限界なんですって。夜中に起き出して、明け方まで見えない誰かとおしゃべりしている。だから毎晩眠れないと」
「うん」
「ときどき嘔吐もするんだって。トイレの洗面台のほうにして黙ってるから、後始末が大変だと」
「うん」
「最近はデイサービスにも行きたがらないみたい。みんな自分より年寄りばっかで、口を開けば自慢ばかりで耐えられないんですって。それでも行ってくれと頼むと、例によって激昂して手がつけられなくなる」
「うん」
「お義父さんもお義父さんですぐ怒鳴るから」
「うん」
「もういらないんですって。どっか行ってほしいんですって」
「うん」
「で、あなたの意見を求めてる」


 ダル・グラスの綴りは dull glass ではなく dalle glass 、これは仏英混交語で、正しくは dalle de verre (ダル・ド・ヴェール)というのらしい。「硝子のタイル」とでも訳したものだろうか。1930年代にパリでその製法が確立されたと Wikipedia にはあり、ステンドグラスの素材としてはむしろ新しいもののようである。






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