信州マニアの読む堀辰雄
わが心慰めかねつ更級や
姨捨山に照る月を見て
ー古今和歌集ー
堀辰雄は、信州マニアだと思う。彼の作品の大半が信濃の国を舞台にしているだけでなく、なんだか彼には、信州の事物や雰囲気に憧れてならない、というような、信州マニアの感じがする。
「菜穂子」には、信州と東京を結ぶ二本の鉄道が幾度となく出てくる。信越本線と中央線である。都築明が追分村に行くときは信越本線、菜穂子が富士見村のサナトリウムに行くときは中央線であるが、両者は明確に書きわけられている。
ああ、このひともわたしと同類だ、と確信したのは、その「菜穂子」のなかで、菜穂子の夫が駅に立って、松本行きの列車を眺めているシーンだった。
首都圏に住む、信州マニアのひとなら皆分かってくれると思う。新宿駅の電光掲示板に松本の名前をみたときの、あの郷愁にも似た感覚を。「遠くへ行きたい」の歌でも口ずさみながら、翌日の予定もすべてうっちゃって、そのまま信州へ行ってしまいたい、というあの衝動を、堀辰雄も感じたのだろうか。
堀辰雄の吸う空気のようなロマネスクな雰囲気を、遠くから憧れる信州は纏っているような気がする。そういう目線で堀辰雄を読み返すとなかなか面白い。彼の作品は信濃の国の上に織り成されているから...…
「菜穂子」の荒涼とした高原の四季、「美しい村」の濃霧の朝に野薔薇の茂みに佇んでいる光景、「風立ちぬ」の高い空と息詰まるようなふたりの関係...…
いまさらりと「美しい村」を読み返していたら、彼が「クレーヴの奥方」を読んでいたという記述があった。わたしもちょうどこのあいだ読み返したばかりであった。あの哀れさと儚さは、古典「更級日記」を元にした彼の「姨捨」にもどこか通じる気がする。堀辰雄の好きそうな、ロマネスクな、儚げな雰囲気である。
冒頭の古今和歌集の歌、「わが心なぐさめかねつさらしなやをばすて山にてる月をみて」は「姨捨」の題詞に掲げられているが、この更級や姨捨山という言葉の想起するイメージに、信州マニアは悶えるのである。きっと堀辰雄もそうだったに違いない、彼も同類に違いない。
わたしの先祖は山梨と会津と小田原なのだが、その大半が突き詰めると長野県に行き着く。松本の郊外には、先祖の名の付いた山城がある。いちど登ってみたけれど、熊が出そうでひやひやとした。けれどひっそりとした山頂の主郭には、古びて力強い木々が這えていて、秋の暮れかかった光に照らされ、なんともうつくしく、不思議な感覚がした。
わたしは自分の作品の取材のために、ここ一年ほど信州のことばかり調べていて、「信濃の国」の歌える信州マニアになってしまった。市民タイムス(中信の地方紙)のweb版と、NHK長野のイブニング信州を、毎日チェックするような、自らの居住地のことよりも信州に詳しい変な人間になってしまった。
次に信州に行くときは、アルクマの根付けを買ってきて、甲州印伝の財布に付けようと思う。Joukamachi Matsumotoと書いてあるバッグを使っているのだけど、誰も気付いてくれないことが寂しいので、今度は誰か気付いてくれるだろうか。
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