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3分小説 『新しい朝が来る』
「くっそー! またいちばん取られた!」
先に集会場についていたわたしを見て、駆は首にかけていたラジオ体操の出欠カードを地面に叩きつける勢いでくやしがる。
「へっへーんだ!」
「ったくおまえ、何時に来てんの?」
「5時55分!」
「気ぃ早すぎ!」
そういう駆だってせっかちなくせに。
「明日こそは、絶っ対に未来より先に来てやる!」
と負け惜しみを口にする駆を無視してわたしは家から持ってきたラジカセのチューナーをセットする。
放送が始まるまでまだ30分近くあった。
集会場の植え込みに腰かけて、みんながやってくるのを待つ。
「ねえ、駆はラジオ体操、第一派? 第二派?」
「オレ第二ー!」
「ぽいぽい」
「なんだよ、ぽいって」
「動きがゴリラっぽいもん」
「だれがゴリラや!」
「だれも駆のこととは言ってないでしょー」
「言ってんのと同じだろ!」
くだらないことを言い合って、笑い合って。
そんな変わらない関係にほっとすると同時に最近少しずつ感じるようになってきた駆との差に、時々どうしようもなく悲しい気持ちになる。
それは生まれたときからすでに決まっていたはずなのに、ずっと気づかないフリをしていたもの。
去年の今頃はまだわたしの方が背が高かったのに
「なんだよ、急に黙り込んで」
いつの間にかわたしが駆を見上げるようになっていて。
何も言わなくてもお互いのことなら何でも知っていたはずなのに、徐々に丸みをおびてきた自分の体の変化も、月に一回やってくる煩わしい習慣も、駆に打ち明けたところできっともうわかってもらえない。
「……わたし、男に生まれたかったな」
ぽつりと漏らした言葉はここ最近ずっと心の奥でくすぶらせていた本音だった。
日に日に広がっていく男女の差が怖かった。
こんな風に駆の隣で笑っていられるのもあとどれくらいだろう? と考えては、自分が女に生まれたことを呪った。
「バカッ!」
「いだっ!」
突然受けた後頭部への打撃に、隣の男をキッと睨み付ける。
「おまえが女じゃなかったら、オレは誰と結婚したらいいんだよ!」
「……はあ?」
「オレの結婚相手は未来て決まってんの! 今さら男になりたいとか言うなよ」
「……なんで、そんなこと、勝手に決めてんのよ?」
「イヤなのかよ?」
「イヤっていうか」
短パンからつるつるの膝小僧を覗かせておいて何を言うかと思えば
「わたしたちが結婚できるまで、まだ六年近くあるじゃん」
まだ小学校も卒業してないのに。
「六年なんか秒だろ。オレといれば」
「……どっからくんよ、その自信は」
「オレは未来と一緒なら、楽しくて一瞬で時間過ぎてくもん」
何でもかんでも自分基準だなあ……
「未来だってそうだろ?」
でも、そう言って笑う駆があまりにも眩しくて
「まあ、そうだけど……」
くやしいけどうなずいてしまった。
ラジオ体操が始まるまであと15分。
わたしが駆の隣にいられる時間は自分が思っているよりずっと長いのかもしれない。
(20160923)
これまた夏の懐かし作品を手直ししてみました。(季節と時代の流れが早すぎて!)
とにかく負けず嫌いな私は近所でのラジオ体操に誰よりも早く行くことに日々命懸けてました😂(駆みたいな存在がおるならまだしもほんま誰と戦ってんの? って感じなんやけどさ! 兄は遅れて合流。)
今の子ってラジカセ持って行ったりしないのかな🤔? 私はラジカセは知っていても自分でダビングする方法までは教われぬまま……黒いラジカセをエンヤコラセとわざわざ運んでいたのは覚えてます。(ほんま何と戦ってそんな早起きしてたんや、私は……)
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