5分恋愛小説 『なでられたくなったら、』
伏せられた長い睫毛。ほんのりと上がった口角。規則正しい寝息。そのすべてがいとおしくて黒く重い前髪にそっと手を滑らせた。
「……んんっ」
くすぐったそうに身をよじり、ソファーで眠っていた晶の目蓋が薄く開く。
「ごめん、起こした?」
「んーん」
ゆるく首を振ってから晶は、ソファーの下から伸ばす私の右手に自分の左手を重ねた。
「もうちょいそうしといて?」
「……うん」
寝起きで舌っ足らずな声がやけに甘ったるく響いて、私までくすぐったくなった。
そのまましばらく微睡んでから晶は私の手を使って目を数回こすり、おもむろに口を開く。
「……美月」
「ん?」
「なんかあった?」
唐突だけれど、確信に満ちたその問いに胸がざわつくも
「……なんもないよ」
と、すぐに平静を装う。「大丈夫?」とは聞かない優しさに感謝しながら。
「……そ」
私の返答に全然納得していない晶が苦笑いする。
「美月が俺を甘やかしてくれる時ってさ」
仰向けになっていた身体をぐるんと動かして向けられたまっすぐな目がなんだか痛い。
「大抵、美月自身が甘えたい時なんだよな」
「そう、なのかな」
「そうだよ」
とぼけてみたけれど、本当は自分でも気付いていた。自分だけが甘えるのはなんだかずるいような気がして。晶を甘やかせることで、自分も甘えていいんだという言い訳を作ろうとしていた。
「別にギブアンドテイクじゃなくてもいいのに」
だから私のそんなずるい行動を見破られていたことが恥ずかしかった。
「俺はいつでも美月が背負ってるもん、全部持ってあげたいなって思ってんだけど。ダメなの?」
「……ダメじゃないけど」
「けど?」
「……半分で、いいよ」
「ふはっ」
「晶にだけたくさん背負わすのはやだから」
「美月らしいな」
へらりと笑ってから晶は上体を起こす。
「そーいうとこも含めて好きだから、余計に心配になるわ」
おいで、と手招かれ、ソファーの半分開いたスペースに座らされる。
「半分こって言うけど美月は半分こ下手くそなんだよな」
「そんなことないよ」
「そんなことなくないよ」
ほら今だって、と膝を抱えて座る私と晶の間に出来た微妙な空間を指差す。
「もうちょい俺に寄りかかってくれたらいいのに」
ぐいっと腕を引かれて、気がついたら晶にぴったりとくっつき合う形になる。
そっと見上げた晶も照れくさそうに鼻を擦っていたから、今ドキドキしてるのは私だけじゃないんだとちょっと安心した。
「でも寄りかかるにはひょろひょろすぎるよ」
それでも、ついつい嫌味を交えてしまうのは私なりの照れ隠しだ。
「どこかひょろひょろだよ! ムキムキでもないけど!」
「ふふ、そだね」
本気で反論してくる晶をかわいいなと笑えば肩を引き寄せられ、さらに距離が縮まる。
「だからさ、俺の前では無理して笑わなくてもいいから」
晶の吐き出した言葉が鼓膜を揺らす。
「ありがとう。でも私、無理してないよ?」
「大丈夫?」って聞かれたら、「大丈夫」って答える。「無理しないで」って言われたら、「無理してないよ」って答える。
それはもう考える隙もないくらい反射的に答えてしまう私の昔からのクセだから、今さら直しようがなかった。
「もー! またそうやって嘘つく!」
「嘘ってなによ?」
心当たりなんてないというようにすっとぼけたのに
「本当にキツい時、いっつも風呂場で泣いてるくせに」
晶は平気で私の気付いてほしくないことを指摘する。
「俺も、そのあとの美月が無理して笑ってる顔見るのつらいんだよ」
何度も何度も鏡で確認したから、もう目も鼻も赤くはないはずなのに。
「俺の前で無理して笑うくらいなら、俺の前で泣いて。じゃないと慰めることもできないから」
ずるいよ、晶は。私のこと全部お見通しで。私をまるごと受け止めようとして。
「ほんとは『いつも俺の隣で笑っていて下さい』って言うもんなのかもしれないけどさ」
ずるい。本当にずるい。
「美月の喜怒哀楽を、俺にも全部見せてよ」
そんなこと言われたら
「……かっこつけ」
素直じゃない私は最上級の照れ隠ししか言えなくなるじゃん。
「んだよ、せっかく慰めてやったのに!」
と口を尖らせる。
でも、でもね、
今日の私が泣いていても
明日の私が怒っていても
その隣に晶がいてくれたなら
明後日の私は笑ってるかもしれない。
隣でいじける晶を見ていたら自然とそう思えた。
(20170908 改編)
昔、書いていた作品は甘々すぎて、自分でも恥っずっかっしっいけれど(たぶん今の私にはもう書けないから……)、お疲れ金曜日によかったらどうぞ💁