『愛犬の死〜老犬介護の苦悩〜』
2023年2月、我が家の愛犬ジョヴィは家族が揃うリビングで静かに息を引き取った。
16歳と11ヶ月。
あの子は幸せだっただろうか?
ジョヴィが旅立ってから1年半以上が経過。
今ならジョヴィが生きた事を前向きに振り返られるかもしれない。妻のススメもあってここに書き記そうと思います。
初めてジョヴィの姿を見たのはパソコン画面でだった。
2006年の春、1人暮らしの僕は知人の勧めもあって無性に犬を飼いたくなりはじめていた。
実家で犬を飼っていた経験もなければ知識もない、だけど知人から飼い方や知識を教えてもらっていると、犬を自分のところに迎え入れるというハードルが低く感じられた。
無論、思いつきや無責任さなどあってはならないのは重々承知している。
暇を見つけてはパソコンやケータイで子犬を検索して葛藤する日々。
僕に飼えるのか?飼っていいのか?
覚悟は出来ているか?
そんな気持ちを抱えながら、1日に何度もブリーダーさんのホームページを検索した。
そんなある日、ルミネtheよしもとでの漫才出番の合間、いつものようにパソコンで子犬を検索する。
かわいいなぁと思う子は山ほどいる。
どの子も愛らしい目でコチラに訴えかけて来ているようだ。
数秒間、顔をみてプロフィールを読んで下から上にスクロールして次の子へ。
そんな流れ作業にも近いようなリズムで画面上の子犬たちを愛でている時だった。
1匹の子で目が釘付けになり、マウスを操作する指が固まった。
濃いグレーの毛並みに、ピンと伸びた短く愛らしい前足、後ろ足は折りたたんでいてお座りのポーズだ。目尻が少し下がり気味、大きな瞳はうるうると潤んでいて、眉間の少し上おでこの辺りは全体のグレーに反してジグザグに白い毛が短い稲妻のような形で生えている。
【なんや、この子!段違いにかわいい!】
それまで何匹も何匹も可愛いと思いながらもスクロール出来たのに、この子はスクロール出来なかった。
プロフィールを見ると大阪とある。
2ヶ月半前に産まれたばかりのチワワ女の子。
この日の出番の合間は、ずっとこの子を画面に表示し何度も何度もその可愛さに見惚れていた。
仕事終わり家に帰ってからも、あの子を検索。
次の日、仕事先でもケータイであの子を検索。
仕事終わりで家に帰って、またあの子を検索。
見る度にその可愛さに癒されてはいたが、次第に不安が胸をよぎりだす。
次にホームページを開いて、いなくなっていたらどうしよう、つまりは誰かに貰われていったらどうしよう。
でも、僕が迎えていいのか?
誰かのところに行ってしまっていいのか?
心の中はこの二つの繰り返し。
朝目覚めて、1番にホームページを確認する。
いる。まだいる。
仕事の移動中、確認する。
いる、まだいる。
楽屋について、確認する。
いる、まだいる。
いや、ちょっと待て!!!
【いない、もういない。】となるまでこれを続けるのか?
自問自答。
答えは出ない。
でも焦りは募る。
そんな葛藤に苦悩しているところに、同世代の男性スタッフが声をかけて来てくれた。
『あっ、藤原さん、ワンちゃん飼うんですか?』
パソコン画面が目にとまったんだろう。
『いや、めっちゃ迷ってんねん』
『僕も飼ってるんですけどね、いいですよワンちゃんは。へ〜、この子ですか?可愛いっすね!』
『そうやんな!かわいいやんな!』
この子の可愛さに共感してくれたことで興奮してしまう。
『他にも候補の子はいるんですか?』
『いや他にもいろいろ見ててんけど、この子見てから、この子が気になって気になって、この子ばっかり見て他の子の事、全然目に入らんようになってしまってんねん!』
『藤原さん、この子、運命ですよ』
なんちゅうパワーワード。
【運命】てか。
その後も彼と何か話を続けたが、頭の中は運命というパワーワードに占領され、話が入ってこなかった。
運命。
確かにしっくりくる感覚がある。
ホームページを開くたび、いなくなっていたらどうしようと考えていたのに、運命という言葉の影響か、いないなんてありえない!そう考え出すようになりはじめた。
僕は決めたら行動に移すのは早い方だ。
ホームページの連絡フォームに、この子を迎えたいと書き込んで送信、程なくして返信がきた。
そこからとんとん拍子でさまざまなやり取りをさせてもらう、迎え入れる上での注意事項、準備するもの、準備する心構えをメールや直接の電話で教えていただいた。
そんなふうに段階を踏むと、命に責任を持つ覚悟が自然と出来始めていたように思う。
いよいよ、お迎えする当日。
あの子は大阪伊丹空港から飛行機で来ることになった。
僕は付き添いで来てくれる後輩芸人と羽田空港で迎える予定だ。
渋滞などに巻き込まれても問題ないように大事をとって、かなり早めに車で家を出た。
環状7号を南下して空港を目指す最中、ネットで初めて見た時の愛らしい姿に衝撃を受けた日を思い出す。
やっとあの子と対面だ。
助手席では後輩が世間話をしているが頭の中はあの子の事でいっぱい、話の内容は入ってこない。
早く会いたい!どれくらい小さいかな?グレーの毛並みは写真とは違ったりするのかな?泣き声はどんな感じかな?おトイレは覚えてるのかな?ちゃんとウチに慣れてくれるかな?どんな日々になるのかな?会いたい!とにかく早く会いたい!
興奮が抑えられない!!アクセルを踏み込む。
その時だった。
ウ〜!ウ〜!ウ〜!!!サイレンが鳴り響く!
ハッとして左のサイドミラーを見る。
白バイだ。
『はい、シルバーのSUVの運転手さん、左に車寄せてゆっくり停車してください』
完全に僕だ。
左にウインカーを出し、安全な所で停車。
ハザードランプを点滅させ窓を開けて、白バイから降りてくる隊員さんを待つ。
『はーい、運転手さん。スピード出てたので止めさせてもらいました〜』
『あ、すいません』
『免許証いいですか?』
『はい』
隊員さんがくる前に財布から抜き出してあったので手際よく渡せた。
『すぐに書類書きますのでちょっとお時間いただきますね〜』
『はい』
『かなり急いでいらっしゃったみたいですけど、どちらへ?』
免許証を参考に書類に個人情報を書き込みながら、聞いてくる隊員。
『あ、羽田空港です』
『お仕事か何かですか?』
『いえ、仕事じゃなくて、お迎えに』
『あー、ご家族の方とか』
『ん〜まぁ、はい。家族というか家族になるというか』
隊員のペンが止まる。
『どういうことですか?』
『え〜、あの、ワンちゃんをね、飼うことになりまして、空港で受け取ることになってるんで』
『あー、そういうことですか。だから嬉しくなって急いじゃってたんだ〜』
『はい、まぁそんな感じです。』
『お気持ちはわかりますけど、安全運転でスピード出しすぎないようにしてください。』
そう注意を受けて、書類と免許証をもらい車を再び走らせる。
『、、、藤原さ〜ん』
隣を見ずとも、後輩がニヤニヤとした顔で話し始めたのがわかる。
『なんや』
『いや、なんや。じゃないっすよ!!犬に会えるの嬉しすぎてスピード違反してるじゃないっすかーー!!!めちゃくちゃテンション上がってるじゃないっすか!!!さっきから話かけてもテンション低いなこの人って思ってたのに、なんなんすか!?ほんとはめちゃくちゃテンション上がってるんじゃないすかーー!!!なんなんすか!!めちゃくちゃおもしろいじゃないっすか!!!犬に会いたすぎてスピード違反てめちゃくちゃおもしろいじゃないすか!?これ絶対次のトークライブで言おう!!!!』
散々横で僕をいじってくるコイツをどうにか子犬と入れ替えで飛行機に乗せて遠くに飛ばせないかと考えていたのを覚えてる。
安全運転で空港に到着。イレギュラーに時間を費やしてしまったが早くに家を出ておいて良かった、まだ飛行機は到着していない。
程なくして電光掲示板に子犬が乗っている便が【到着】と表示された。
貨物として運ばれてくるのには抵抗があったが、ルールはルール仕方がない。
次から次へとトランクが流れてくるなか、ケージ型のケースが見えた。
搭乗前にブリーダーさんから送られて来た写真で確認できている、アレで間違いない。
ケースを拾い上げ、上部を開けて覗き込む。
そこにはあのグレーの愛らしい毛並みと短い足、潤んだ瞳が存在していた。
感動的な瞬間。
ゆっくり手を入れ撫でてやると、小さいピンク色の舌で僕の手をチロっと舐めて来た。
あの感触はまだしっかり記憶している。
名前はジョヴィと付けた。
それからジョヴィとの毎日が始まった。
我が家に来て数日してから、初めての動物病院で最後のワクチン接種。
数週間してから初めての散歩、なかなか歩いてくれなかった。
驚いたのは毛並みの色の変化。
気に入っていたグレーは目の周りの毛から徐々に赤みがかったベージュに変化し始め、体全体に広がり、おでこの白い毛も無くなった。当初はお気に入りポイントだっただけに残念な気持ちになるのかと思いきや、成長の変化を感じられて単純に嬉しかった。
飼い始めて分かった愛嬌があって怖がりな性格、が故に初対面の人に吠えてしまう節もあったが、一度抱っこされると瞬間で懐いてしまうメンヘラな一面もたまらなく好きだった。
ジョヴィが来てから仕事も軌道に乗り始めた気がする、それを証拠に半年後、敗者復活戦を勝ち抜きM-1決勝に進出した。
おかげで少し良いマンションに引っ越すことができた。
引越し当日。
荷物を搬入する前に、早く部屋に慣れて欲しくて最初にジョヴィを入れた。
荷物を運ぶため、ジョヴィを置いて部屋を出て車に戻り持てるだけの荷物を担いで再び玄関を入る。
するとこの部屋1番のお気に入り広めのリビングのど真ん中でドヤ顔でジョヴィがこちらを向いている。
おっ早速部屋が気に入ってくれたのかと、ジョヴィの足元に目をやると、これでもかと言わんばかりのホヤホヤのウ○コが。
『おい!早速ウ○コすな!』と突っ込むのだが、当然犬に伝わるわけもなく。
胸を張って凛々しくウ○コの横に立つ姿。
『自分からの引っ越し祝いです!どうぞ!』と言っているように見えて笑ったのを覚えている。
可哀想だったのは2011年3月、東日本大震災の時。
仕事で家を空けていた僕。
ジョヴィは部屋で留守番。
そんなタイミングであの地震は起きた。
交通機関も全てストップ。
仕事先から歩くこと4時間超、なんとかマンションに到着。
ケージに入れていたので安心していたが、玄関を開けるとウォーターサーバーがジョヴィのケージ横で倒れている、東京のマンションでもそれほどに揺れたのだ。
よほど怖かったのか、それから数ヶ月は余震の緊急地震速報の音を聞くだけで僕のところに飛び込んで来てブルブルと小さな身体を震わせていた。
妻と出会ってからはジョヴィも留守番が苦でなくなったのではないだろうかと考えている。
仕事終わりで家に帰ると、いつも2人はべったりくっついて眠っていた。
当然、ジョヴィの懐き方もハンパじゃなかった。
妻とジョヴィが知り合って1ヶ月もした頃には、僕がいる時でもジョヴィは常に妻に寄り添うようになっていた。
妻もそれほどにジョヴィを可愛がってくれた。
上記したジョヴィとの出会いやスピード違反の話をすると、ジョヴィを胸に抱きながら嬉しそうに聞いてくれていた。
結婚式で使った妻の手作りウェルカムボード、そこにもジョヴィの1番可愛い写真を使ってくれた。
3人でいろんな所に出かけた。
やがて長女が妻のお腹にやってくることになり『我が家も4人家族になるね、ジョヴィが長女だよ!』と頭を撫でている妻とジョヴィの姿は印象深い。
出産後、退院した妻と赤ちゃんが家に戻ってくる日。
ジョヴィも何かを悟っていたのだろう、赤ちゃんを抱えた妻を見ると、子犬の時のようにクィーンクィーンと寂しそうな声で何度も鳴いていた。
娘も成長と共にジョヴィに興味を持ち始め、撫でたり引っ張ってみたり、コミュニケーションをとるようになっていった。引っ張っられたりしたら普通は嫌がるだろうと思うのだが、仕方ねぇな〜という表情を浮かべ娘の横にちょこんのと座り直す姿が、妻の言ったところの長女のようでほっこりしたのを覚えている。
でもジョヴィの老化は、この頃から感じ始めていた。ベージュだった毛も白くなり、定期検診で白内障が発覚。
元気にハツラツと遊ぶ姿は何も変わらないが確実にそれは進んでいた。
娘が2歳になる頃だったように記憶している。
僕、妻、娘の3人で奈良に帰省していた時の話。ありがたいことに妻のご両親もジョヴィを可愛がってくださり、泊まりの時などは預かってもらっていました。
深夜、妻のケータイがコール。
画面に目を落とす妻。『お母さんからだ、なんだろう?こんな夜中に。もしもし、、』
深い時間の突然の電話、いい話な訳がない。嫌な胸騒ぎ。
『うん、うん、うん、え!!!!なにそれ!?え、ちょっと待って倒れたの??え、口から泡!?何それどういう事!?』
瞬間でパニックになる妻。
『わかった、病院着いたらまた連絡して、ごめんね、お母さん』そう言って妻は通話を終えた。
『どうした?』
『あのね、ジョヴィがね急に白目剥いて泡吹いて倒れて痙攣したんだって』
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