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頭の中はみんなバラバラ


2024年10月11日(金)朝の6:00になりました。

有給休暇を駆使した、5連休が幕を開けました。

どうも、高倉大希です。




「四角形を描いて」と伝えても、人によって異なる四角形を描きます。

だから人類は四角形を特徴ごとに分類して、それぞれに名前をつけました。


「平行四辺形を描いて」と伝えても、人によって異なる平行四辺形を描きます。

だから人類は格子状の線を引いて、座標というものを発明しました。


「座標上の4点を結んで」と伝えれば、みんなが同じ平行四辺形を描けます。

こうして、頭の中のイメージを正確に共有することができるようになりました。


つまり、コミュニケーションとは、言うならば、自分が頭の中に抱いている〈抽象的〉な広義の思考内容のコピーを相手の頭の中にも創り出す行為であると言える。

池上嘉彦(1984)「記号論への招待」岩波新書


頭の中は、みんなバラバラです。

でも、どうにかしてこのイメージを共有したい。


多くのものごとは、きっとこのようにして発展してきたのだろうなと思います。

社会生活を送るためには、イメージを共有することが非常に重要だったわけです。


言語そのものだって、役割は同じです。

この文章が理解できるということは、じつは結構すごいことです。


記号の特徴は、不変性をもっていることです。だから違うものを「同じ」にできる。「黄色」という言葉は私が死のうが残り続けます。

養老孟司(2023)「ものがわかるということ」祥伝社


ところが時が進むにつれて、共有できるということが当たり前になりました。

言い方を変えるなら、まるで100%共有できていると思うようになったのです。


ところが残念なことに、100%共有できるなんてことはありえません。

同じ日本語だったとしても、どこかには必ずズレが生じています。


決して、ズレが生じることが悪いわけではありません。

大切なのは、ズレていることを前提にコミュニケーションをはじめることです。


言語というのは、共通認識があることを前提としてコミュニケーションをするのですが、実は、そのコモングラウンドが成り立たないことはけっこうたくさんあります。お互いに経験がすごく違いすぎていたり、相手の経験を考えず、自分の頭にあることは相手もわかるはずみたいな思い込みがあったり……。

為末大、今井むつみ(2023)「言葉、身体、学び」扶桑社


頭の中は、みんなバラバラ。

これが、前提です。


意見なんて、食い違う。

これが、前提です。


くり返しになりますが、異なることが悪いわけではありません。

むしろ異なっているからこそ、対話に価値が生まれるのです。






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高倉大希
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