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不揃いの魔力
このガタガタしたやつ、なんだかきもちわるいな。
ほかの2カ所はスッパリ揃っているのに、なんでここだけ?
昔からずーっとそう思っていた。
見るたび、手にするたびにお尻がムズムズした。
本の話である。
小口(本の切断面)のうち〈天〉と呼ばれる上方だけを裁断せずに製本したものを天アンカットと言う。
この天アンカットが、ちょっと苦手だった。
四角いものはピキっと四角でなければならないとか、重なるものはビシっと揃えなければ気が済まない、という性格ではない。
むしろ大雑把な質である。
なのに、三カ所ある小口の一面だけ揃っていないのがどうにも気になって仕方がなかった。
皆が美味しいと頬を緩めるお刺身を「生臭いだけで美味しくない」と思ったり、眉目秀麗で人当たりが良く女性達のハートを虜にするような人を「胡散くさい」と思ったり。
そんな感情に似ている?
要は嗜好の問題だ。
ところが、である。
数年前に宗旨替えすることになった。
ある本と出合って、ガツーンと脳天直撃を食らったのである。
それがこちら、歌人・堂園昌彦さんの第一歌集。
若く尖った感性と美しくも切なさが混ざった素晴らしい歌集なのだが、装丁もまた良いのである。
この本の天アンカットを見た瞬間、恋に落ちた。
不揃いさ加減が大袈裟で、触れた指先に伝わる凹凸に艶めきを感じたのだった。
それまでただの同級生ポジションだった男子が、何かの拍子で肩が触れた瞬間に薔薇を背負った王子様に変身したみたいに。
ただの同僚だった女性が、長い髪をキュッと縛ってラーメンを食べ始めた瞬間にこの人こそ生涯の伴侶だと思い定めたみたいに。
まさか天アンカットに色気を感じる日がくるなんて!
人生、何が起こるか分からないものだ。
因みにこの本、第1版は金属活字活版印刷だそう。
(私が持っているのは第2版で、こちらはオフセット印刷)
活版印刷かぁ、色気だだ洩れなのだろうな。
いつかお目にかかりたい。