行動をするかしないかの理由ばかりを考えて、実際に行動に移したり、または行動をしない、などの選択をすることができない(しにくい)私は、頭の中だけで生きている感じがする
持病(膠原病)や持病(膠原病)に伴う合併症(間質性肺炎)などの諸症状があるからだけではない。
今の私は、頭の中だけで生きている感じがする。
何かの行動をするしないの選択を、多角的に考えるのは良いのだが、考えるだけで終わっているに近いのだ。
私は持病(膠原病)があるが、例えば、コンサートに行きたいなと思ったとする。
コンサートに行きたいからなんとかして行ける方法を考える。
しかし、そのうちに行き詰まる。
現実的に、持病(膠原病)がある身だと、行ける状況が条件付きになってくるからだ。
①私の体調が比較的良い状態であること
②コンサート会場が比較的近い場所であること(駅から遠いと息切れ発症)
③感染症の流行時期でないこと(感染するリスクが上がる)
これらを考えると、行けないではないかという結論になる。
そう、行けないのだ、特に今は。
だから自分の頭にも心にも、行けないという事実を認識させ、次なる(できそうな)行動選択に頭を使った方が良いというのに、まるでZARDの歌のように「揺れる想い」の私は、行動が止まってしまう。
行くことにも不安が残り、行かないことにも未練が残り、いつまでもどっちつかずの心境の中で、過ごすことになる。
思考するとは、本来は、行動をスムーズに促す為にあるのではないかと思う。(もちろん、それが全てではないが)
しかし、今の私は、思考の世界に取り残されているというか、自ら思考の世界に踏みとどまろうとしているかのようにも思えてくる。
結局のところ、何を言いたいのかよくわからない記事になってしまったが、私は元宝塚月組トップスターだった瀬奈じゅんさんのコンサートに行くか行くまいか迷っているうちに、結局、行けなくて、行けなかった事情が悔しくてふてくされている状態だということを記事にしたかっただけの話なのであった。(例えばと書いたが、正確には例えではなく、直近の話であった😓)
真剣に読んで下さった方々、申し訳ないです。
だって、瀬奈じゅんさんが月組トップスターだった時代の月組が本当に大好きだったんです。(私は元宝塚の追っかけです)
当時の月組には、元月組トップスターの霧矢大夢さんと、ファンクラブに入っていた元宙組トップスターの大空祐飛さんもいらして、それはそれは豪華な時代でした。
そのお二方がゲスト出演される日に行きたかったのに、私は体調不良からまだ完全回復に至っておらず、会場は遠いし、世の中は感染症が流行中という、どうにもこうにも行ける状態ではなかったわけです。
は~、マニアックすぎる話題のぼやきでした、失礼を致しました😝
さて、今日も生きるとしよう。