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辿り着けるのか菓子店
「手を差し伸べてくださっているのはありがたいのですが、それはもはや枯れかけた小枝なのです」
数日前のわたしのポストである。
文学的に見せかけた、上司ディスり。
だいぶすさんできている。
その「闇」ポストの間にまぎれこむ、《行きたい店リスト》。
わたしのXは鍵アカなので、本当にただのつぶやきと現実逃避にあふれている。
前々回も行きたい店を書き連ねたが、いまだに行けていないし、なんならまだある。
現実逃避にぴったりな、秘境めいたお店たち。
まずは、小秘境。
北鎌倉から横浜鎌倉線を鎌倉方面にすすむと、うっかり見落としそうな路地にカフェが点在している。
そこに、2023年4月にオープンした《北鎌倉お菓子と喫茶マルン》。
バリのカフェ100軒をめぐったという店主が、日本人の舌に合うようにアレンジした伝統的なフランス菓子を提供しているという。
「できるかな」ののっぽさんみたいな出で立ちの店主は、いかにもすてきな菓子を繰り出しそうだ。
白い壁に大きな木製のドア、吊り下げられた草花(スワッグ)は、海外の絵本に出てきそうなたたずまい。
店の奥には、ウッドデッキのテラス席もあるという。
菓子だけでなく、キッシュなどのランチメニューも提供している。ランチメニューといいつつ、実は通しでオーダーできるらしい。
インスタのアイコンがハリネズミだ。たしか、ハリネズミはヨーロッパでは幸せの象徴。
喧噪から離れて、ゆるやかな幸せを味わいに行きたい。
つづいて、中秘境。
報国寺の竹林を見に行きたいなあと思い、地図上を散歩していたら偶然見つけたお店。
鎌倉の二階堂エリアに、2020年にオープンしたという、その名も《okashi.nikaido》。
鎌倉駅から徒歩22分というのが、なかなかだ。
店名もさることながら、アンティーク店をリノベーションしたという店内はとてもシンプル。
引っ越してきたばかりの家かと思うくらい、必要最低限のしつらえである。
木製の床に差し込む陽が、時をとめている。
木枠とガラスのシンプルな棚には、保存料を使わず、オーガニックにこだわったというマフィンやクッキーなどの焼き菓子が並ぶ。
インスタの投稿文も簡潔で、「apple・yuzu・klwl・marron」といった具合に、その日に置いてあるであろうマフィンの味が列挙されているのみ。
徹底した飾り気のなさが、秘密の隠れ家感を醸し出している。
なんとこの店も、店の奥にテラス席が4席。
本当に席のみのようだが、ひなたぼっこには最適の環境。
鎌倉の菓子屋では、ちいさなテラス席がブームなのだろうか。
ちなみに、鎌倉駅近くのケンタッキーフライドチキンには、まあまあ広いテラス席がある。
最後は、大秘境。
最寄り駅は金沢区の京急富岡駅だが、横浜市民でもいまいちピンとこないひともいるかもしれない。
八景島シーパラダイスを有する金沢区は、海を臨む街。
駅から徒歩20分、坂道を登りきった高台の住宅街にあるのが《カフェちどり》。
こちらも、昭和30年代の古民家をリノベーションした一軒家カフェで、2022年にオープンしたばかりだという。
外観だけ見ると、田舎の親戚の家を訪ねたような感覚に陥りそうだ。
入り口から漂う、よく来たね感。
内観も畳や縁側、障子など、古き良き日本のおうち感が満載。
障子に指を突き刺す、あの背徳感に満ちた快感がよみがえってしまう。
高台だが沿岸部ということで、海をイメージしたカフェメニューや、店名にもある千鳥のクッキーを添えたお菓子がいただけるとのこと。
クリームソーダの色合いの美しさたるや、もはや夢の世界。
フレンチトーストは季節により素材がいろいろ変わるようだが、千鳥のクッキーが朴訥としていて愛らしい。
アクセスはなかなかクセが強いが、それでも行ってみたいと思わせる魅力にあふれたカフェである。
おいしい秘境めぐりがしたい。
ただただ、現実逃避を望むラインナップになった。
SNSのタイムラインくらい、現実逃避したってね…と独りごちながらスクロールすると、また別の日のじぶんのポストが目に留まる。
「シャンプーそろそろきれる 買う トリートメントも」
のばしっぱなしの漆黒の毛は、乾燥でふんわりメデューサになりかけている。
頭皮の現実は、しっかり見なければいけない。