昨日の微分明日の自分
一言多いひと、は敬遠されがちだが、一文字多いひと、一文字違うひと、は色々なことを考えるきっかけになる。
先日、母から「また病院で〇〇先生に会ったわ、お元気そうだった」とLINEがきた。
わたしが小学校のときの担任の先生にお会いしたらしい。
よく会うね、と返すとこう続いた。
「検診のサークルが一緒なのよ」
定期健診のサイクルが同じだから必然的によく会う、と言いたかったのだと思うが、サークルでも意味は通じる。
病院につどう高齢者同士が「最近あのひと見ないね、具合悪いのかな」と心配している画が浮かんだ。
先生もお元気そうでなによりである。
むかし、階下から聞こえる激しめの夫婦喧嘩を聞いて、母が「あれDVDかしら」とつぶやいた。
ドメスティックな暴力、を懸念したのだと思うが、DVDでも意味は通じる。
できればリアルな喧嘩ではなくDVDの音声であってほしいし、そもそも集合住宅での大音量は控えてほしい。
またそのむかし、トイレのドアに「トイレ 流れ忘れないように!!」と母の字でピンクの付箋が貼ってあった。
公共施設での自動洗浄トイレに慣れてしまった父は、たまに流し忘れる。
その警告として書いたらしいが、一文字違うがために、父を通り越してトイレへの呼びかけとなってしまった。
トイレ、がんばってほしい。
ところで、仕事が立て込んできたとき、Twitterで明日の自分へメッセージを託すことがある。
逆に、昨日の自分へ文句をいうこともある(鍵アカウントなので、ほぼメモ機能として使っている)。
つい最近、「昨日の自分へ」と打ったつもりが「昨日の微分へ」と打っていた。
微分については「xの二乗が(事情はよく知らないけど)2xになるやつ」しか語れることはない。
対となる積分にいたっては「てろんとした記号が出てくるやつ」くらいしか記憶がない。
今なら微分積分も概念くらいは理解できるだろうか、と思い、学生向けのサイトを見てみた。
残念ながら、インテグラル(てろんとした記号)はチンアナゴに見えたし、微分積分ってセブンイレブンに語感が似てるな、と思った。
ただ「変化の割合(= 傾き)が一定ではない曲線も、ある点でひたすら拡大すると直線に見えるようになる」というのは、人生の真理が見え隠れしているように感じる。
ちなみに、昨日の自分に宛てたメッセージはこれだった。
昨日の自分がひとつ余計なことをしたせいで、太ももがパンパンだったのだ。
微分には、こんな意味もあるという。
まだまだ知らないことばかりだ。
昨日の微分。あながち間違いではない。