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春になれば「いつも」も変わる

大学病院の先生

わたしの担当医のK先生ですが、今月で大学病院を辞め、新たに別の病院の医師となられるそうで、いきなりですが最後のご挨拶になってしまいました…

大学病院は担当医の入れ替わりが頻繁らしく…

さて、造影CT検査の結果ですが、前回ならびに点滴での抗がん剤治療が終わった頃と比較しても変化が無かったようで、ひとまず安心…
このまま経過観察が続く見込みです。

K先生の後は、S先生になるとのことで、どうやらわたしが点滴での抗がん剤治療の入院中に一度お目にかかっているそうです…
見ず知らずの先生よりは、知っている先生ということなので少し安心しました…

記憶が確かなら、背の高いイケメンさんだったかと…

K先生に聞くと、大学病院というのは早くて1年、おおよそ2〜3年で先生が他院に転院するなどで代わっていくとのことらしい…
わたしも最初のY先生から、今のK先生、そして次はS先生という具合に代わっていく様子…
でも、呼吸器内科の先生は代わっても、この大学病院の呼吸器外科のY先生(先程の呼吸器内科のY先生とは別人)がいる間は、最悪手術になっても、まだ安心感はあるというもので… そのY先生がいる間は、まだこの病院一択かな〜♪

話題は少し代わるのですが、最初から感じていたことでもあるのですが、昔のイメージで大学病院と言うと、例えば消化器内科だったら、その科で2〜3人教授がいて、後は准教授が多くを占めて、残りが講師や助教って感じをイメージしていました。でも現在は、教授が1名程度で准教授も1名、講師が2〜3名、残りは助教が20〜30人って感じ…

大学病院の中だけだと、准教授や教授になかなかたどり着けないって感じがするので、みなさん他院に転籍(転職)して医師としてのキャリアや実績を積むような感じかと…

教授や准教授が少なくなった背景は、病院経営も苦境で人件費抑制に動いている感じかと…

わたしも医学とは別ですが、一時期大学教員に成りかけたけど、その当時に比べて段々と講師などの数が増えたり、客員の講師が多かったりしているようで…

もっと研究ができるんだったら大学の教員もそれなりに良いかと思うのだけど、段々と魅力が無くなってきた感じはします…

話題が逸れたので、もとに戻ると、大学病院の先生みなさんも大変だけど良いキャリアを積んで、素晴らしい先生に成ってほしいといいますか、病気から沢山の人を救ってほしいと祈るばかり…

さて、今までの素敵な女医さんから、次回はイケメンの青年医師に…
こ、個人的には…

病院といえば…

病院といえば、地元の歯科医も腕が良い人なので、この人がいる限り、今のところから離れようとは思わないんですよね〜♪

わたしの左下の歯の土台となる顎の骨の部分が溶けている状態なので、早めに外科的手術をした方が良いとは言われているけれど、まずは癌関係が悪化することを食い止めるのが優先順位が高いので、分子標的薬タグリッソを術後3年間服用した後、どうなるかは不明ですが、歯科の外科的手術に踏み切ろうと考えています…

こちらはもしかしたら、担当の歯科医の出身大学である鶴見大学歯学部附属病院になるかも…

それにしてもやっぱり年齢を重ねると、身体の至る所にガタがくるというもので…

やっぱり若い頃からの徹宵夜勤が一番身体にこたえているのかも…
夜勤も緊急性の高い職場だったから、満足に朝の歯磨きの時間もなかったことが多かったし… 案の定、身体もメンテナンスが不十分だとガタが早くくるもので…

当時は徹宵夜勤は、身体のリズムの維持のために、徹夜勤務明けの後は夕方まで予定を入れて、その後帰宅して風呂に入って寝る状態だったけど、その分、昼の時間が有意義に使えていたことにメリットさえ感じていたんですよね〜♬

そういう時間も、本当は身体のためには良くなかったかも知れませんね…

まあ大病を患ってしまうと、それまでの色んな習慣や考え方が反省の俎上に上ってくるわけで、そうなってからは遅いというもので…

なんとなく…

あくまでなんとなくな感じですが、分子標的薬タグリッソを服用している間は、虹の橋は渡らない可能性が高いような感覚を持っています。

やっぱりわたしの未来は、この分子標的薬タグリッソを3年間服用した後に、どのような措置になるのかが生死の分かれ道になんとなくなりそうな予感…

毎日1錠分子標的薬タグリッソを服用… 一粒18,000円位かと…
とても高額医療費の恩恵が無いと、命の維持もままならない時代かと…

薬も飲み続ければ耐性ができてしまうので、この分子標的薬タグリッソの終了に合わせて、また別の分子標的薬に移行するのか、はたまた薬の服用を終わるのか…

そうはいっても定期的な造影CT検査は死ぬまで続くんだろうから、もう病院から開放されることは永遠になさそうな感じもするし…

とは言え、まだまだ生きていることに価値はあるし、少しでも先の未来をみてみたい…

それにしても高額医療費で生活が圧迫されている感覚なので、少々危険ではあるけど、60代になってからのキャリアブレイクを考えてみようかとも思ったり…

まあそれって定年引退って突っ込まれそうだけど…

ソーキそば

とりよせていた「沖縄ソーキそばセット」を本日で食べ終えてしまいました…
塩の素朴な味が良かったです♬

個人的に思うのは、ソーキそばと言いつつも、なんとなくソーキうどんって感じがするんですよね〜♬ やっぱり麺が白いのが、そう感じるんだろうか…

ときどき食べたくなるんですよね〜♬

あとはまだ冷凍している馬刺しが残っているので、これで元気をつけようかと…

最近はあまり旅行にも行かないので、ネットでその場所に行った気になって、色んな名産品を取り寄せたりしています…

抗がん剤の副作用の両足のしびれが緩和しない限りは、なかなか遠くまでの旅行はできないかと感じています…

まあ老眼になってきて、本を読むスピードが格段に遅くなったように、なんとなく障害が多くなると、好きなものからでも距離をおいてしまうことになりますね…

なんとなく2…

世の中は、自分が当事者にならないとわからないことも沢山あるんですよね〜♬

それこそ数年前までは、わたしも殆ど病気知らずで、今で言う高額医療費なんて考えたこともなかったし、親の介護なども、まだピンピンしているので大した問題にもしてなかった…

でも、自分が癌の宣告を受けた時は、ステージ判定が重かろうと軽かろうと死と向き合って考えたし、自分の未来も決して明るくないことを悟ったし、なによりこの先の生活に困難が待ち構えている不安を察知されたくなかったし…

結局は、自分が世の中の問題の当事者になってみないと、考えすらしないことは良く理解できた次第で…

なので、最近は会う人に良く「年に1回人間ドックに行って、CT検査もつけた方がいいよ♬」と言ってはいるものの、健康を自負する人たちには、ほぼ全く響いてないんだろうと思ってます…

それでも実際に何か病気の兆候がわかった時に、はじめてわたしが言っていた言葉を思い出していただければ、それだけでも(遅くても)意味あることと思ってもらえるのかな…

ネットの中には、良く定年後に生活可能かの相談記事も多いけど、全て健康な状態を前提にしているので、大きな病気をすると、途端に計画が狂ってしまいますよね〜♬

個人的には癌もほぼ国民の2人に1人は可能性があるわけなので、それを宣告された時に、潔く現代医療を受けずに天命と思うのか、少しでも長く生きたいと思うのかは、各々の考えや思想に依拠するけど、後者を選択した時点で、もう老後の計画は大幅な修正を余儀なくされるよね〜♬

わたしも肺癌になっていなかったら、60歳を目処に1人会社を作って、適度に休みながら65歳までの生活費を埋めることを考えていたけれど、やっぱり大病を患うと、まずは現状の医療費の工面が先で、副作用の重篤化を懸念しつつ、"できる限りの無理をする"ってところに落ち着いている状態です…

現在は分子標的薬タグリッソで、なんとか現状維持が図られているけど、この先、肺にある癌の卵たちが大きくなってしまったり、他の臓器に転移するようなことがあったら、もう先々無いと見抜いて、直ぐに仕事を辞める覚悟はできている状態で…

一応、今働いている会社の定年年齢が63歳なので、今年の年末に60歳になった直後に、まずは1人会社を立ち上げて、週1日(まずは土曜日だけ)勤務程度でスタートしようかと…

いや〜、本当に大病を患うと、その後の人生が大きく変化するので、まずは健康であることが人生の最優先なことかと正直に思います。健康であることが一番の勝ち組じゃないかな…

その意味では、わたしは既に負け組ですが、負け組なりに真っ当な生き方で最後まで突っ走れれば本望かと… それにしても考え方がポジティブになるまでに、結構時間が経過した感… まだまだやれることをやるのみ…

慌てず一休み中…
パトラッシュは、まだ虹の橋を案内しないご様子…

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