出店者紹介【かげさわ屋】
影沢裕之さんと奈緒子さんの農園は阿蘇南郷谷の中央に位置します。阿蘇五岳と外輪山に囲まれ、まるで日本のふるさとのような田園風景が広がります。辺りには南阿蘇湧水群が点在し、清水は熊本市内へと流れています。
神奈川育ちの裕之さんは大学で林業を学び、北海道で森林公園を作るプロジェクトに8年間携わりました。その後、青年海外協力隊として西アフリカに渡って2年間、植林用の苗を育てる事業に従事。その帰りに、友人に誘われて南阿蘇に立ち寄りました。一方、茨城育ちの奈緒子さんはアメリカでシュタイナー農業を学び、北海道の農場で働いたのち、『ぽっこわぱ耕文舎』とのご縁で南阿蘇に移住していました。自ら育てた大豆で味噌づくりを続けてきました。
2009年、それぞれの道を歩んだ二人が南阿蘇で出会います。「無農薬・無化学肥料で作物を育てたい」と『かげさわ屋』を始めたのは2011年のことでした。
主産物は、育てた大豆で作る味噌です。7月初旬に天気に気を配りながら種が撒かれます。
虫の被害はどうしても出てしまう大豆づくりですが「自然に即したやり方で大豆を強くしていきたい」という裕之さんが行き着いた対策の一つが「お酢」です。
「分子的な話になっちゃいますけど。お酢が3つ集まるとブドウ糖と同じ分子の数になるんです。ブドウ糖が螺旋状になって沢山集まったのがでんぷんでお米の主成分。ブドウ糖が交互に繋がっているのが植物の主成分のセルロース。元は一緒で、光合成と水と二酸化炭素でできた一個の塊なんです」
お酢を日差しの弱い日を選んで撒くと、足りない光合成の代わりになって実が厚くなるといいます。さらに光合成が活発になると、余った成分は油分として表面に出てきて「葉っぱはピカピカになる」のだそう。虫は油に弱いので害を抑制することができるというわけです。さらにお酢は、乾燥害に対して抵抗力が増すという結果も発表されたそうです。自然科学が大好きという裕之さんならではの観察力が身を結んでいます。
こうして育てた大豆は12月に収穫。4月の終わりまでは毎日味噌づくりの日々です。
豆を選別して浸水した翌日は、薪ストーブの大鍋でゆっくり時間をかけて炊きます。販売開始は翌年の1月です。
「(味噌づくりは)微生物飼ってるようなもんです。麹菌がでんぷんの鎖を切ってくれて、糖にして、それを酵母が餌にして大豆を分解してくれている。菌がバトンタッチしながら、ゆっくり時間をかけてリレーをしているんですよ」。これが『ゆっくり味噌』の名の由来です。
同じように仕込んでも樽ごとに微妙に味が違うのは自然の力だからこそ。
「それであんなラベルにしたんです」と見せてくれたのは『ゆっくり味噌』の歴代ラベル。その年、大豆を育てながら一番印象に残ったことを、奈緒子さんが感性豊かに描いたものです。「これは阿蘇が噴火した年。これは雨が多かった年ですね。あぁ、これはいろんな動物にやられた時。地震もありましたね。当時住んでいた家が壊れちゃったんで、2年間みなし仮説にいて、やっとこの年に家見つかって、新しいうちの家が描いてありますね」。家族のアルバムを見返すかのように、眩しそうな目をしてそう話しました。
畑に向かいながら5分ほど車を走らせると「今年、この川、蛍がすごかったんですよ。川が光ってるみたいで、川に沿って光の道ができてて」と嬉しそうに話しながら車を停めました。すぐ脇に『寺坂水源』が見えます。すると「喉乾きません?」と言って裕之さんはさっさと車から降りて、水源に手を突っ込んで水を飲みはじめました。見ると水底から次々に水が湧いています。「うまい、うまい」と頷きながら水を飲み終えると、顔をこちらに向け「あっちの看板に〈遊泳禁止〉って書いてあるんですよ(笑)。飛び込んでるんでしょうねきっと」まるで子供たちを羨ましがるかのように、笑ってそう言いました。