【ショートスケッチ】夏の終わりのジャズカフェ

古びたレンガ造りの建物の二階。夕暮れ時のジャズカフェに、ゆっくりと日が沈んでいく。

マイルス・デイビスの「Blue in Green」が、埃っぽいレコードプレーヤーから流れている。
針が溝を這うような音が、時折小さな傷となって音楽に混ざる。
それもまた、この場所の空気に溶け込んでいた。

若い女性が窓際の席に座り、アイスコーヒーのグラスを揺らしていた。
氷は既に溶けかけ、琥珀色の液体に薄められた光が揺れている。
通りを行き交う人々の影が、斜めに伸びて店内の壁を這う。

「もう、こんな時間か」

マスターが呟くように言った。
彼は今日も、いつものように白いシャツの袖をまくり上げ、カウンターの中で静かに佇んでいる。
年季の入った木製のカウンターは、幾千という会話を吸い込んできたように深い色をしていた。

店内には窓際の女性の他に、年配の常連客が一人。
彼は毎週金曜日の夕方になると現れ、同じ角の席で本を読んでいく。
今日も分厚い洋書を広げ、老眼鏡の奥で目を細めている。
その姿は、まるでエドワード・ホッパーの絵画から抜け出してきたかのようだ。

外では、夏の終わりを告げる風が吹き始めていた。
窓ガラスに映る街灯が、少しずつその存在感を増している。
セピア色の光が、通りの向こうにあるブティックのショーウィンドウを優しく照らし出す。

レコードが最後の音を奏で、しばらくの静寂が訪れる。
マスターは新しいレコードを取り出し、慎重な手つきでターンテーブルにのせた。
ビル・エヴァンスの「Waltz for Debby」が、ふわりと空気を満たしていく。

「この曲、好きなんです」

女性は思わず声に出していた。
マスターは微かに頷き、グラスを磨き続ける。その仕草には、長年の習慣が染み付いていた。

夕暮れが深まるにつれ、通りを行き交う人々の足音が遠ざかっていく。
代わりに、どこか遠くで鳴る救急車のサイレンが、かすかに漏れ聞こえてきた。
都会の喧騒は、この場所では不思議と心地よい背景音になる。

常連の老紳士が本を閉じ、さりげなく時計を確認する。
彼はゆっくりとコートを羽織り、無言で店を後にした。
ドアベルが小さく鳴り、また静寂が戻ってくる。

窓際の女性もそろそろ帰り時のようだった。
最後の一口のコーヒーを飲み干し、カウンターに近づく。
財布を取り出そうとした時、マスターが静かに手を上げた。

「今日はサービスです」

その言葉に、思わず二人の目が合う。
マスターの目尻には、柔らかな皺が刻まれていた。

「ありがとうございます。また来週」

女性は軽く会釈をして、重たい扉を押した。
夜の空気が、優しく彼女の頬を撫でていく。

振り返ると、二階の窓からは温かな光が漏れている。
ビル・エヴァンスの演奏が、かすかに街の喧騒に溶けていくのが聞こえた。

今夜も、このジャズカフェは、誰かの物語の一部になっているのだろう。

（出力：Claude 3.5 sonnet）

（画像：ImageFX）

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