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日本で唯一のスロヴェニア料理店、京都「ピカポロンツァ」で十二年ぶりにたっぷりのランチとスロヴェニアワインを

この週末は京都へ行っていた。
関西へは来ることの多い私だが、平日に行き来することが多いので夫と来ることは比較的珍しい。二人での上洛は7~8年ぶりかも知れない。そんなこともあって、土曜の昼と夜は少し贅沢な外食をする旅程にした。

土曜日のランチに伺ったのは、京都市右京区にあるスロヴェニア料理レストラン「ピカポロンツァ」。スロヴェニア人のオーナーシェフ、イゴール・ライラさんが全てのお料理をおひとりで担当され、マダムの智恵さんがその調理法やスロヴェニア料理の特徴、ワインについて丁寧かつ的確に教えてくださる。暖色を基調としたインテリア、各所に配置されたスロヴェニアの小物も可愛く、そして何より温かく、とても美味しいお店である。
私たちが同店に伺うのは十年以上ぶりで、もしかしたら来られる機会はもうないかも知れないとも少し思っていた。ここ数年、お二人が大事にされている京都府北部の畑の仕事やコロナ禍もあってだろう、ピカポロンツァの営業日は徐々に減っていた。ライラさんは確かもうすぐ八十代。失礼ながら、もしかして近い将来お店を畳まれるおつもりなのかしら…と勝手に想像していたのである。

ピカポロンツァのお料理はどれも舌の記憶に残る美味しさだが、日本食と比べてやや重い。それ故本来ならば夜にゆっくり伺いたいところではあるが、折角の京都、夜は割烹に予約を入れていた。食いしん坊の強欲哉。故にランチの予約を入れ、なるべく食べ過ぎないように…と自戒しつつ向かった。

時間の少し前に着くと、外観は以前のまま。予約名を告げると「どうぞー」とマダムの声が2階から響いた。同店は靴を脱いで2階のレストランに上がるスタイル。とても急な階段が京都の町家らしく、以前夜に来てワインをかなり飲み、下りが怖かったっけと思い出す。

カウンター内で料理をするライラさんにも「こんにちは」と挨拶して席へ。お二人はもちろん覚えていないが、私たちには前回の記憶があり、その分の年月を思う。私たちもしっかり歳をとった。前に来たのはまだ三十代だったから、どれだけ食べて飲んでも平気だった。今は要調整。
土曜日のランチはメイン単品or2品を1人で注文、または2人or3人でメイン3品をシェアするデュエット・トリオランチ。いずれも前菜プレートとスープ、パンがつくしっかりとしたコース仕立である。

これはデュエットしかないよね、と意見が一致。この後を思えばやや食べ過ぎだが、夜で調整するしかない。ピカポロンツァに来るというのはそういうことで、滅多に来られないのでついいろいろ食べたくなる。なんと言ってもスロヴェニア料理を専門に出してくれるお店は日本でここだけだし、ライラさんの腕や味づくりに私たちは信頼を置いている。

最初に運ばれて来たのは、ふうわり漂う甘くて優しい香りで笑顔になる、いちごとラズベリーのお茶。量もほどよく、自然な甘さでおいしい。

続いて本日のパン、この日は玄米粉。ピカポロンツァのパンは全て自家製。そば粉やライ麦粉、玄米粉を使った茶色いパンでどれも美味しい。初訪時にあまりにパンが美味しくて、残した分を包んでいただいた。今日のパンもちぎるとふわっと香ばしい香りが漂い、粉の自然な味がする。

前菜プレートが運ばれると、私たちはもう満面の笑み。見ただけで美味しい、これだけでワイン何杯飲めるだろう…と普段なら思うところだが、昼なのでカラフェ。スロヴェニアの伝統的低アルコールワイン「ツヴィチェック」を注文した。

この日のワイン。スロヴェニアはワイン大国でもあり、どれも美味しい

ツヴィチェックはロゼを思わせる淡い色だが、なんと赤白十種類以上のワインをブレンドしてつくられる。アルコール度数が10%未満と低いため、当初はワインとして認められなかったそうだが現在はEUにも認められ、特別な許可のもとワインとして輸入されている。軽くて飲みやすく、爽やかな酸味が昼にもぴったり。

できればボトルで飲みたかった

前菜は、ココットに入った大麦のリチェッタのみ温前菜、他は冷菜。
温かいので冷めないうちにどうぞ、とのことで早速スプーンを入れると、大麦特有のぷちぷち、むちっとした食感に各野菜の美味しさが加わって食感が愉しく、ボリュームもあって美味しい。パンにもぴったりだ。
ピカポロンツァの野菜とハーブは美山の畑でお二人が愛情を込めて育てている。それだけに野菜の味が濃く、力強くて美味しい。

冷菜は左上からチーズとハーブ入りの濃厚なテリーヌ(下にししとうマリネが隠れ、チーズソースが敷かれている。このソースがまた美味しい)、紫大根の上はパンプキンシードオイルの角切り野菜のサラダ、大根サラダ、上下に芽キャベツとローストビーツ。パンプキンシードオイルはオイル自体にとても香ばしい風味があり、この複雑な味はいったい何の味付け??と思ってしまうほど美味しい。ピカポロンツァでは以前から使われている。
ああどれも本当に美味しい。できればワインがもっと飲みたい、けど我慢。

スープもピカポロンツァの名物のひとつだ。たっぷり深めのボウルで供され、この日はサワークリームを垂らしたかぼちゃのスープ。と言ってもかぼちゃだけでなく、じゃがいもや玉ねぎ、人参など細かく刻んだ他の野菜もベースとして入り、塩蔵肉の旨味もしっかりあって、できればこれとパンだけでおなかいっぱいにしたいほど美味しい。味付け自体はごくシンプルだが各素材の旨味が重層的に重なり、ハーブ使いも巧みで、真似しようとしても難しい。夏限定のレモンのスープを食べた時の衝撃は今でも忘れられない。時々真似しようと試みるが、なかなか近付けない。

サワークリーム多用は北欧~ロシア辺りと似てますね

メインは一品ずつ出してくださる。
一品めはスロヴェニアの郷土料理「ギバニッツァ」。同店の名物のひとつだと思う。今回も食べられるだろうと期待していた。
ほうれん草やじゃがいも、サーモンなどの具材を加熱して細かくし、カッテージチーズと混ぜ合わせて層にし、三層ほどに重ねてオーブンで焼く。具材はいろいろで、甘いデザートギバニッツァもある。この日はほうれん草とサーモン、上のソースは西洋わさび。このソースが実に美味しかった。ホースラディッシュのピリッとした辛さに酸味とこってりとした味わいが加わり、ギバニッツァにぴったり。付け合わせはこっくりとした豆の煮込み。豆が数種類使われているので見た目にも味にも変化があり、これだけでも一品料理として十分成立する豆のシチュー。贅沢だなあ…。

これで2人分。ギバニッツァは真似してたまにつくります

続いてそば粉を牛乳で練った生地にカッテージチーズとサワークリーム、玉ねぎの具材をのせて焼いた「ズリヴァンカ」。食べるのは初めてだが、以前から興味があってレシピを調べていたので大変嬉しい。やっと出会えた!

近いうちに真似するつもり

生地の固さや焼き具合を知りたかったので正解がわかって嬉しい。カリカリに焼けたそば粉生地が香ばしく(固めの生地なのでナイフは肉用)、フィリングがこってりしているので付け合わせのザワークラウト(フェンネルの風味で軽く煮てある)が非常によく合う。自宅で真似する際にもザワークラウトは必須だと思った。ソーセージはふかっと食べ応えのあるタイプ。

そして三品めは、パプリカベースでじっくり煮込まれたスロヴェニア風ビーフシチュー。牛と豚が両方入り、どちらも舌で崩せるほど柔らかく、ベースとよく馴染んでいる。ニョッキが入っているのが面白いと思って後で調べたところ、マッシュポテトを包んだ餃子のようなパスタが郷土料理にあるそうで(イタリア南部の「クルルジョニス」に似ている。スロヴェニアはイタリアとも接しているため近い料理も多い)、そのアレンジかも。

小型のシチューポットが可愛くて撮りました。器がどれもかわいい
こってり贅沢なシチュー。パプリカというとドイツ~ハンガリーのグラーシュ、グヤーシュを思い出すが(スロヴェニアはオーストリア、ハンガリーとも接している)、より柔らかく優しい味

最後のひとくちまでゆっくりと味わい、会計をお願いすると「どうでしたか、満足されました?」と訊ねられ、感想に加えて実は十二年ぶりに来たことと、ズリヴァンカが食べてみたかったのでとても嬉しかったことを伝える。すると帰り際にライラさんが「十二年ぶり?十二年後はもういない」と満面の笑顔でなかなかのジョークを飛ばされる。元々50年近く前に留学生として来日され、京都大学で数理生態学の博士号を取得されたほどの方。トークも当然京都人なのである。
どのお皿も美味しかったのはもちろん、お二人の変わらず知的で温かなお人柄に触れ、満足感と充実感にあふれた一時間半。ああ美味しかった、楽しかった。来る度思うが、お料理が美味しいのに加えて智恵さんの説明のおかげで料理への予備知識が得られ、味わうことに集中できる。私は智恵さんの言葉選びや話し方が好きで、このご夫婦は良いな、好きだなと毎回思う。

来る前には今回が最後かも…なんて思っていたけれど、全くの杞憂だった。お二人ともお元気で、腕もトークも冴えわたっている。次は平日ランチに一人でふらっと訪れてみても良いかも。
例によってずいぶん長くなってしまったけれど、後の自分のためにも、記憶が新しいうちに書いておきたかった。
興味を持たれた方は是非、行ってみてください。


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